エロスと既視感
白寿

碧空に圧し掛かる入道雲を
眸いっぱいに湛え、僅かに汗を滲ませる
その横顔(かんばせ)の美しさよ――。

少年は俺に問うた。
「かの雲はさんざめく熱気を
帯びているだろうか」
「触れればきつと肉厚でいて、
脈動すら感じ入るであろうな」
と俺は応えた。
その実体はといえば、
しげく無機質で冷静な事物なのである。

炎暑厳しき夏の或日――。
折りしも少年が
万象の真理について訊ねたと同刻、
蝶が馬車の轍(わだち)で溺れ死んだ。
我々の居る防風林の脇から
部落へ伸びる畦道で起こった出来事である。

もはや蝶は動けぬから、
続けざま車輪に踏襲されるのも致仕方ない。
在らぬ方向に轢き折れた蝶の羽根は、
格子の向こう側で
前後不覚の微睡(まどろ)みに横たわる
女の腕に似ている。
そういえば、あの蒼い女に出合ったのも
旅程で山陰に至ったときのことであった……。
 
振り返れば、畦道の蛇行に沿って
少年が一心に歩を進めていくのが見えた。
 
 
※仮題、未完作品


自由詩 エロスと既視感 Copyright 白寿 2007-03-06 21:50:16
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