追憶
渡 ひろこ

ベッドサイドの淡いスタンドの灯りが
ほの暗い部屋の一角を照らしだしている
窓から見下ろす都会の夜景は
今の私には冷たいほど綺麗に
無表情な横顔で輝いている

独りには慣れているはずなのに
寒々としたホテルのシングル・ルームは
何かしらもの哀しさを感じずにはいられない

「だから出張はイヤなのに・・・」

仕事だからしかたがないけど
いつも侘しさが付きまとって離れない
ホテルの小部屋というシチュエーションが私は嫌いだ

丁寧にベッドメイキングされた
ピンと張ったシーツの上に寝転がり
白い天井を見上げる

一点を見つめるうちに脳裏をよぎるのは
恋しくても戻れない過ぎ去った日々・・・
無理に他のことを考えようとしても
どうしてもそこに辿りついてしまう

「ダメだわ・・」

溜め息を一つついてからおもむろに起き上がる
こんな時は思い切って自己陶酔した方が
モチべーションも上がるだろう

気を取り直し化粧ポーチから
アンドゥミルのオードトワレを取り出し
ニ、三回スプレーする
ほんのりと甘い香りが漂う

部屋に備え付けのラジオをFMに合わす
耳元のMDよりも今は空間を流れる音楽の方がいい

カーペンターズの
「ア・ソング・フォー・ユー」が流れた
相変わらずカレンの発音は美しい
古き良きアナログ的な感じが
ささくれた気持を癒してくれる

ベッドに座ってスケジュール帳を開き
明日の予定を確認をする
褪せてしまった爪に気づきマニキュアを塗った

その鮮やかな色が乾くまで
じっと指先を見つめる

ふと 昔 重ねられたひとまわり大きな手を思い出してしまった・・




自由詩 追憶 Copyright 渡 ひろこ 2007-03-05 14:45:50
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