売れない絵描き
なかがわひろか
橋の上で絵を描く男
道行く人を描く
美しい人が立ち止まる
私の絵を描いて御覧なさい
きっと売れる絵が描けるでしょう
美しい顔をした女は
絵描きの前で最良の笑みを浮かべる
描き終わった絵描きは
彼女に絵を見せる
そこには
見るもおぞましい歪んだ顔の女の絵があった
女は怒ってその絵を踏みつける
絵描きの仕事は絵を描くこと
しかし彼には
その人の本性しか描けない
どれだけ美しい仮面で身を装っても
絵描きにはその人の全てが見えてしまう
醜く歪んだ顔
蔑んだ目
陰鬱な笑顔
欲望を喰い尽した唇
絵描きには全てが見えてしまう
だから誰も彼の絵を買わない
皆絵描きが描いた絵のような顔をして
去って行く
一人の少女が立ち止まる
ボロボロのきれを纏い
肌はただれ落ち
糞尿の臭いを漂わせ
言葉もろくに話せない
醜い姿をした少女
絵描きは絵を描く
醜い少女の絵を描く
そこには
きっと世界の誰よりも美しい
きっとこの世にある何より美しい
少女の絵があった
絵を見た少女は
絵と同じ表情を浮かべた
絵描きは
金を持たない少女に
初めて自分の絵を捧げた
橋の上の絵描きは
今日も道行く人の
絵を描く
(「売れない絵描き」)