薄紅桜物語
三架月 眞名子
今年もこの季節が巡ってきたのですね。
たぶんこれが見納めとなるのでしょう。
―そんな事はおっしゃらないでください。
来年は元気なお姿で、
また御覧になれますよ。
いいえ、そのような気休めはいりません。
散るがわたくしの定めでございます。
でも最後に、あなたにだけ打ち明けごとをいたしますわ。
聞いていただけるかしら。
―はい、なんなりとおっしゃってください。
ありがとう。
わたくしにはお慕い申し上げていたお方がおりました。
毎夜、桜の木下で逢瀬を重ねたあのお方。
今は桜の君と申しましょう。
でも、わたくしたちは引き離されてしまいました。
桜の君にもわたくしにも、
お互いに別の人が宛がわれてしまいました。
桜の君にはもう会うことはないでしょう。
―・・・
わたくしは囚われの身になりましたが、
最後の晩に、桜の君はおっしゃったのです。
わたくしは毎晩桜の木に逢いに行く。
そして一日たりとも忘れずにあなたのことを思い出す。
そうおっしゃってくださったのです。
わたくしはその言葉に支えられて今日まで過ごしてきました。
ですが、あのお方に会えないこの世に、
いつまでもしがみ付いている理由などどこにありましょう。
桜の君が思い出してくださったところでなにになりましょう。
二度と愛し合うことも、寄り添うことさえできないのですよ。
それは身を切るより辛いこと・・・
そう、
わたくしのこの病は、どんな良薬を飲んだところで治るはずもないのです。
わたくしはもうすぐで息絶えるでしょう。
―そんな、そんなことを・・・
そんな悲しいお顔などなさらないで。
こんなお恥ずかしい身の上話をあなたにしたのは他でもありません。
あなたにお願いがあってのことでございます。
―お願い・・・
そうでございます。
わたくしの一生に一度の我儘を聞いてくださいますでしょうか。
お願いでございます。
わたくしが息絶えたら、あの丘に咲く桜の木の下に亡骸を埋めていただきたいのです。
桜の君が毎夜訪れるあの木の下に。
今年の花が散って、あくる年のこの季節、
再び桜が咲く頃には、
わたくしの血と、桜の君への想いが花びらを、
あの真白な花びらを薄紅に染め上げ、
あのお方の上に降り注ぐでしょう。
そしてわたくしはずっとあのお方のお側に。
死が桜の君の時を止めるまでずっとお側に。
そして、
幾年も幾千歳も、
あの桜の色を絶やさぬように、あの木の下で眠り続けます。
いつかまた、桜の君と出会えることを夢見て。
どうぞわたくしの我儘を、
最後の我儘を聞き入れてくださいませ。
―姫様・・・
わかりましたわ。
わたくしが必ず、
必ず願いのままに。
ありがとう。
まぁ、どうか涙などお流しにならないで。
わたくしは幸せ者なのですよ。
嗚呼、
本当に、わたくしはなんという幸せものなのでしょう。
もう思い残すことは何もありません。
私のただひとつの、
永久にただひとつの願いが叶えられるのです。
ありがとう。
本当にありがとう・・・
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