スタンダール症候群
藤原有絵

真夜中に沈んでいく終電で
疲労をぶら下げた男たちが吐く息で
今日何度目かのめまいに襲われる

脆弱なんだ

きっと他意はないその言葉に
ぎっ と
音がなるほど唇を噛んでしまったのは
詰まるところ自覚があるからで
それは他人の目に映るほど明白であった事
取り繕う虚しさを投げ出して
私は一度 唾を飲み込んだ


後頭部にはスイッチがあって
冷たい鉄の柵に頭を乗せると
止めどなく涙が流れてしまう

最近は泣き方が異様に静かで
それは恋人が帰ってくるまで治まらず

大きな手で柵から頭を引き抜かれると
滞っていた血流が
とろりと緩慢に流れはじめるのを感じた

そこでいつも我に返るのだ


おかえり なのか
ごめんなさい なのか

逡巡して
私は少し残っていた力で持って口の端を持ち上げる


幸福な事を
ただその事実だけを見つめていられないなんて
煩悩が多すぎますか
摩れきれてますか
少し病んでいるのですか


ええ
スタンダール症候群

少し気絶でもしてみましょう

目覚め直して
大事な人の隣で朝を見つけて

また電車に乗って
知らない人に押しつぶされても

大丈夫

私はもう
何も失ったりはしないと

すごい事
言われちゃったんですからね





自由詩 スタンダール症候群 Copyright 藤原有絵 2007-02-28 23:46:27
notebook Home