春のホログラム
佐野権太
微睡んで、乗り過ごすうちに
春まで来てしまった
0番線から広がる風景は
いつかの記憶と曖昧につながっていて
舞いあがる風のぬくもりが
薄紅の小路や
石造りの橋や
覗き込むせせらぎの光の底に
絡まっては、ほどけてゆく
春の改札は
まだ黄緑の膜に覆われていて
気持ちを伝えるように
ほのかな香りを漂わせている
*
待合室のベンチには
春の花束を抱えた
うさぎのぬいぐるみだけが
おとなしく座っている
ふと、視線を感じて
瞳を見つめ直すと
もう、ちゃんと無機質だった
*
下り列車は
静かにドアを閉じ
つないだ手を
ほどくときのやさしさで
ゆっくり滑り出す
後退、あるいは前進してゆく
春のホログラム
いつのまにか
向かいの席には
薄茶色の耳をした
うさぎが座っている
心なしか花束が
少し減っているようだ
それを、
赦すように微笑むと
安心して
葉くずのついた、さくら色の鼻先を
ふかふか動かしながら
うっとりと
春を語りはじめる