電話
vi

ダイヤル式、赤の公衆電話
バーの片隅に隠れるようにあった
この電話って使えるわけ?
マスターはゆっくり頷いた


つい懐かしくてコインを落とした
手は勝手にダイヤルを手際よく回す
この番号はどこへ繋がるの?
指先だけが知る過去への案内


記憶の奥底にある声に向け
言葉は勝手に音になり語りだす
この声は誰のものなの?
クスリと笑う受話器の向こう


どうでした?とマスターは呟いた
懐かしかったでしょう、と
いいんじゃない?と答えてみた
少し気が楽になったしね、と


店を出て帰宅して暫く経ってから
あの電話の声が判った
ダイヤルした指先を眺め感心する
よく記憶していたな


改めて電話をかけてみた
電話に出たのは違う人だった
あの人の娘だという
偶然にも今日はあの人の命日だった


あのときもさっきも言えなかった
でもそれでいいんだ
良かったんだよね?


未詩・独白 電話 Copyright vi 2007-02-27 14:32:23
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