眠れない
水町綜助
いま銀縁の壁掛け時計に蠅がとまり
文字盤を透かしたガラスの上を音もなくあるくまず12から
2
1
鉄の壁が溶ける
溶けて落ちてすべて床に染み込んだ
夕暮れだった
聖人がひとりうまれたらしい
お祝いの雑穀と肉饅頭を持って
みんなで笑いあって西へ向かった
1
親方が膝をぴしゃりとたたいた
石油ストーブでは僕の汗は煮えたち
薬缶は踊り始めた
湯気が雲になって
サンドイッチがふやけて食パンが一枚剥がれた
2
聖人の名前は
昨夜の
夢の
水先案内人愛用の
櫂の
名前
花の名前
その香りの理由
3
高速道路は夜を滑り出す
オレンジの街灯が千切れ飛んで
あたりの空気が歪んでいる
空間は時間だと
当たり前のことを呟き
僕は昨夜死んだも同じ
4
留守宅の中で亀が首をすくめた
5
緑青の鐘が打ち鳴らされる瞬間
振動が
最初の振動が
空気に放たれた
いい声だね
そこから数日
僕は川沿いの遊歩道を歩き続ける
高熱が出ている
6
電話のベルが鳴り続ける
オーケストラが破綻した
7
外国に迷い込んだ
カメラを構え
滑り台の写真を撮り続ける
のぼる階段が三つ
降りるところがひとつきりの滑り台
8
すべての夜が池尻のホテルの一部屋に集められる
僕は君のからだの傷を舐めるだろう
夜を順番に白く汚しながら
9
白い煙突から煙がでている
猫が死んでしまってそのせいで老人ホームに空き部屋が出来た
0
1
鉄が作られた
1
1
天球の町に星が落ち
大きな川が流れた
子供達はその川沿いに町をつくって
老人のふりをしてすごした
精霊流しの時期には
みんなで泳いだ
0
誰も知らない場所に肉塊が落ちた
それは昨日スーパーマーケットで売れ残ったたった一つの牛肉だった
いっぴきの病気の犬がそれをくわえて走っていった
コンクリートを蹴る爪の音が鈴のようだ