眠れない
水町綜助

いま銀縁の壁掛け時計に蠅がとまり

文字盤を透かしたガラスの上を音もなくあるくまず12から




鉄の壁が溶ける
溶けて落ちてすべて床に染み込んだ
夕暮れだった
聖人がひとりうまれたらしい
お祝いの雑穀と肉饅頭を持って
みんなで笑いあって西へ向かった



親方が膝をぴしゃりとたたいた
石油ストーブでは僕の汗は煮えたち
薬缶は踊り始めた
湯気が雲になって
サンドイッチがふやけて食パンが一枚剥がれた



聖人の名前は
昨夜の
夢の
水先案内人愛用の
櫂の
名前
花の名前
その香りの理由



高速道路は夜を滑り出す
オレンジの街灯が千切れ飛んで
あたりの空気が歪んでいる
空間は時間だと
当たり前のことを呟き
僕は昨夜死んだも同じ



留守宅の中で亀が首をすくめた



緑青の鐘が打ち鳴らされる瞬間
振動が
最初の振動が
空気に放たれた

いい声だね

そこから数日
僕は川沿いの遊歩道を歩き続ける
高熱が出ている



電話のベルが鳴り続ける
オーケストラが破綻した



外国に迷い込んだ
カメラを構え
滑り台の写真を撮り続ける
のぼる階段が三つ
降りるところがひとつきりの滑り台



すべての夜が池尻のホテルの一部屋に集められる
僕は君のからだの傷を舐めるだろう
夜を順番に白く汚しながら



白い煙突から煙がでている
猫が死んでしまってそのせいで老人ホームに空き部屋が出来た




鉄が作られた




天球の町に星が落ち
大きな川が流れた
子供達はその川沿いに町をつくって
老人のふりをしてすごした
精霊流しの時期には
みんなで泳いだ



誰も知らない場所に肉塊が落ちた
それは昨日スーパーマーケットで売れ残ったたった一つの牛肉だった

いっぴきの病気の犬がそれをくわえて走っていった


コンクリートを蹴る爪の音が鈴のようだ



自由詩 眠れない Copyright 水町綜助 2007-02-26 15:55:55
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