鬼の園 〜サイレント〜
こしごえ

胎動している不在の影が
失われた地平線となって
私を回帰線で立ち尽くしている)
影がずれて
光が砕けて群生していた

三十七度強の熱帯の白日夢で
黒いドレスの少女が祈っている
その瞳は
黒く透けていて底はなくゆらぎもせず
願いをくりかえし放っているかのよう

かげもかたちもなくなった街は
希望を得ることはできずに
太陽に焼かれて陽炎に沈んでいる

老人の杖は折れて
虚無的な嘔吐は青くしびれ
終末の交配は涙を産んでいる

丘の上の大樹のかたわら
黒いドレスが無風にしめり
凪いでいる
青空に小鳥のさえずりもなく
ただ悲愴が天を突き
らぁらぁと静まっているのだった

― お母さんただいま
と手には手折って来た花をにぎりしめた
少女が心配そうに
私の顔をのぞきこむ
― 冷蔵庫にゼリーがあるわよ
  手を洗ってから食べてね。お花ちゃんは
  花瓶にお水を入れて生けてあげてね
少女はいそいそと部屋を出ていった
私がそこへ

庭の鬼灯ほおずきたちを
冷徹に澄んだ瞳が見つめていた
彼女のうろこはしめっている光を
ほそく地面にくゆらせて
空腹な紫の舌をちろちろとしていた

― 火のないところに煙はたたぬ

私のいのちの残り火に
壊れかけの時計を焼べて
生きながらえる

この家は静まりかえっていた
門をとおるのは青やかに透けた光のみ
「私」が私をむさぼる
見果てぬ大空のもと
内にある冷たいせせらぎを見返すと
果てしない流れを映した
音色が(言葉なく)澄んで(ささやき)さかのぼっていった
ひとすじの煙が
青ざめた灰色の雲となって
ゆらぎのない瞳の星を
瞬かせる
音律は白銀をしている月影
いつの間にか夜の呼吸を
みちてはかけ かけてはみち
くりかえし むさぼる
生ぬるい赤い海は舌にねっとりとからまり
黒いドレスをじっとりとけがして
恍惚とした夜へ沈んでいく形相ぎょうそう
そのようすを
うずくまっていた蛇が冷たく見つめていた
どこまでも私を静まっていきながら
一輪挿しに白い花が(ひっそりと微笑んでいる










自由詩 鬼の園 〜サイレント〜 Copyright こしごえ 2007-02-25 03:59:26
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