二十六夜
佐々宝砂

夜だけひらくその店の
すこしよごれた扉をあける。
煙草のにおい。
ソーダ水。
チョコレートと紅茶。

「スピカちゃんは来てないの?」
「さっきちょこっと来て帰っちゃった」
「そっかー。出番か。もう春だね」
「春だねえ」
「アークさんはいる?」
「奥で酒飲んで真っ赤になってるよ」
「もとから赤いって」

二十六夜だから店内は暗い。
客人たちのまわりだけがほのあかるく
紺いろのテーブルをてらしている。
時折ひゅっと視界をかすめる光は
せっかちな流れ者。

双子がうたうデュエットに誘われて
薔薇輝石と菱マンガン鉱の粉を振りまきながら
アークトゥールスが奥から出てくると

空気はすっかり紅いろにかわってしまった。


自由詩 二十六夜 Copyright 佐々宝砂 2007-02-23 23:22:16
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