ブタさん貯金箱
士狼(銀)

父がくれたブタさん貯金箱に
思い出を詰めていく

新しい家に
わたしの部屋はない
巣立つ準備を婉曲に促されて
寂しさの余白が
無愛想なブロック塀で隠されていく
その白色は
この手で汚すつもりだったのに、と
握り締めたクレヨンが
奇怪な音を立てて掌を赤く染める
雨露に触れると醜く混ざり始めて
やがて腐った血液のような匂いが、した

違う、と叫ぶとエコーがかかるような
静かで冷たい夕暮れが
一羽のカラスを銀貨に換えて
それは貯金箱の中で、リン、と泣く

硝子のキリンは首が折れて
翡翠の赤イヌは尾がなくて
お人形のマイケルは綻び始めて
金平糖の星は、噛み砕いたら熔けてしまって
いて

  いつも側に
  いて

薄れていく思い出を少しでも多く貯金箱に詰め込む
忘れたくない、時間だけが足りない、なんて言い訳も
夕暮れは持っていろと脅迫する

純度の高い銀貨がブタさんの腹で泣いている
わたしは
ごめんね、と
ありがとう、を繰り返しながら
いつかの壊れたオルゴォルを探す

夢はまだ蛹になる前だったから
液体にする覚悟がなくて
オルゴォルの内側に閉じ込めた

  あ
  蝶々
  純度は低いけど
  あなた、綺麗ね

ブタさん貯金箱はたくさんの思い出を食べて
少し、大きくなって
わたしの両掌に包まれて眠っている
その腹の中に一枚だけ
産声を上げた金貨がいることを
わたしだけが知っている


寂しいわたしの涙をブタさんに与えると
銀貨は蝶々に換わり
貯金箱の背中からゆっくりと飛び立ち
再び銀貨として腹の中で泣く
わたしと彼らの契約は夕暮れの名の下に、ある


自由詩 ブタさん貯金箱 Copyright 士狼(銀) 2007-02-23 17:49:14
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