モップ
ゼッケン

シンバルたたけ、おさるのおもちゃ
目玉をぐりぐり回転させて
前歯をぎぃぎぃむき出して
シンバルたたけ、おさるのおもちゃ ピッ

ピッ。コンビ二の緑の制服を着たきみは
手際よくカゴから商品をつかみ出し
バーコードをスキャナーに読み取らせる

歯磨き粉 ガム 歯ブラシ赤 歯ブラシ青
おにぎり梅 おにぎり鮭 ガム ガム
ポテチ 歯磨き粉 歯ブラシ赤 カップめん
カップめん 歯磨き粉 歯ブラシ赤 ガムガムガム

きみは根気よくひとつずつレジを打つ
カゴの中身は袋に移し変えられていく
おれは腹を押さえた 
口の中が渇ききって舌が上あごに貼りついている 
ひざの関節が浮いたような感覚が
気分をわるくさせる

4935円になりまぁす

おれはおれより10センチ以上は身長が高いであろうきみの
緑の
制服の肩を見つめる

合計ぇ、4935円です

おれにはもちろん、そんな金はない

どうしたんですかぁ? 顔色わるいですよぉ

上あごの乾いた粘膜から舌を引き剥がしたとき
口の中でひどい匂いがして おれは
口臭が外に漏れるのをおそれた
きみの指がカウンターの縁をたたいている
きみは片手でバスケットボールを持てるんだろうな、きっと

イラナイ

おれはうつむいて言った
口臭を気づかれたのではないかとびくびくする
はあぁ? まじかー?
と、きみが言い
これぇ、ぼくがぜんぶ棚に戻さなきゃいけないんですけどぉ

それがどうした

これってぇ、ぜったいイヤガラセですよねぇ?
どうしてそんなことするんですかぁ?
まじ意味不明なんすけどぉ
おれはジャージの腹をめくりあげると
ズボンに挿していた出刃包丁を抜く
カネッ! カネヲダシェ!
え? しぇって言った? しぇって言いましたよね、いま?
きみは身をかがめ、レジのカウンターの下から木製のバットを取り出す
シンブンシ。ついてますよぉ
おれは包丁の刃を包んだままになっていた新聞紙を破り捨てようとするが
刃の根元の角に引っかかってしまう
きみはバットを何度か握りなおし、手のひらの感触を確かめる
とれましたぁ? ケガしないでくださいよぉ
とれた! とれたとれた
で?
で?
おカネ、欲しいんですかぁ?
おれはうなずいた
もういちどカネを出せというのは恥ずかしかった
おれはこれ以上馬鹿にされるのがたまらなく嫌だった
だめですよぉ、ぼくがクビになりますもん
シルカ!
こっちこそ知りませんよぉ、アンタ誰なんですかぁ?
包丁を持つ手におれは力を込めて言う

カ!ネ!ヲ!ダ!セ!

ちゃーちゃらちゃちゃー
ちゃーちゃらちゃちゃー
きみは歌いながら頭の上でバットをぐるぐる回し始める
おれは何故みんなに軽く見られるのだろう?
分からない
こいつ殺そう

あ。

おれはきみの視線を追って店の入り口を見た
誰もおらず、きみの振ったバットがおれの顔面を直撃する
うそぉ!? いまどきひっかかるかぁ、これぇ、しかもバット見える方向だったしぃ
おれはリオのカーニバルに行ってみたかった
胸と尻をはみ出させた女たちがそこには大勢いて、けばけばしい羽飾りがゆれているのだ
汗にまみれた男たちが鳴らす太鼓と笛に合わせて女たちがはげしく腰を振っているのだ
おれはぬるぬる滑る胴体の群れのまんなかでもみくちゃになりながら
とにかく大声でわめきちらし、両手を挙げて酸欠で倒れるまで
おれは我を忘れてぴょんぴょんぴょんぴょん飛び跳ねるのだ

シンバルたたけ、おさるのおもちゃ 

フルスイング脳挫傷
おれはリオデジャネイロの王さまだ
カーニバルの先頭で飛び跳ねるたびに
おれの飛び出た脳がぺたんぺたんと音を立てる

これってぇぼくがわるいんですかぁ?

警察の実況検分が終わった頃、朝方のコンビニの前に
おれは救急隊員の運転する黒塗りのリムジンで戻った

まっかなナースの制服に身を包んだ黒人の大女の胸に
抱き上げられておれはリムジンの後部座席から降りる

きみはおれの血で汚れたコンビニの床にモップをかけている
大学の午前中の講義の予習をする時間はなさそうだ
おれはきみを許す
なぜならおれは寛大な市長でありカーニバルの王だからだ
きみを指差したおれの口の端から涎のすじが垂れた
巨大な乳房と割れた腹筋を持つ黒人の看護婦がおれの涎を吸い
太く長い舌をおれの半開きの口に差し込んで言う
運命はいつもすてきね、ミスター
まったくだ!
ふたたびおれを乗せたリムジンは
朝のリオデジャネイロを目指して走り出す
きみはモップの長い柄にもたれかかるようにして
遠ざかるリムジンを見送る
またしてもすこし後味のわるくなったきみの人生に
きみは肩をすくめてみせる
肩をすくめてみせる以外に
こういうときはすることがないことを
きみは若いくせにとっくに知っている


自由詩 モップ Copyright ゼッケン 2007-02-23 05:45:52
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