漁り火
はじめ

 漁り火が漁船の真ん中で燃えている
 ほうらもうすぐ魚達が集まってくる頃だ
 投網は十分前に投げておいた
 暖かい光に師走の魚達は引き寄せられてくることだろう
 腕組みをして魚を待っているおじさん達
 煙草は船上で吸うのは禁止なのに唇の端に挟んでじっと海底を睨んでいる
 僕は見習い
 手持ち沙汰な僕は今不安定な気分だ
 波の音が耳を澄ますと遠くから聞こえてくる
 潮の香りがその匂いで麻痺した頭の中に入ってくる
 煙草を船底で踏みつぶして消して「チッ」と舌打ちをするおじさん
 煙草の灰がこぼれ落ちた後にそれに気が付いてそわそわしだしたおじさん
 皆が漁り火の周りに集まって凍えきった体を暖めている
 煙草の煙かそれとも吐く息かこれまた全身から立ち上る湯気か見分けがつかなくなってしまった
 煙草嫌いに僕もこう寒いと煙草を吸っている人の煙草が旨そうに見える
 

 魚達が投網にかかりだした
 煙草を深く吸って力を込めておじさん達が一斉に網を引っ張り出した
 軋む船底 揺らぐ船体 暗闇に蠢く船上
 漁り火の煙にまかれながら必死に網を引き上げる僕達
 今日は波が少し高い
 女波が男波が船体にぶつかって僕達はバランスを崩す
 「ほらもうちょっとだ」煙草を銜えたおじさんは僕に活を入れた
 僕は汗を流し真っ白な息を吐いて網を引っ張り続けた
 

 ピチピチと跳ね回る魚達
 漁り火の前で踊っているようだ
 それらを一匹一匹捕まえ発泡スチロールに氷詰めにしていく
 おじさんの一人が船上で捕れたばかりの魚を捌いて刺身にしてくれた
 僕達は醤油と山葵で刺身を食べる
 大仕事をした後の刺身は何とも旨い
 今日も大漁だった
 発泡スチロールに入りきらないくらい魚は溢れていてしかたないから逃がしてやることにした
 僕の肩を叩き「頑張ったな」と褒めるおじさん
 もうすぐ漁り火は消される
 氷詰めが全て終わり船は帰路に方向転換した
 漁り火が海水で消され灰が煙と共に宙を舞って飛び散った


自由詩 漁り火 Copyright はじめ 2007-02-20 09:19:51
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