蜻蛉の夢
蒸発王

帰省の列車の中で
こんな夢を見た


『蜻蛉の夢』


満月の夜
月下美人のつぼみの下で
細身の女性が横たわっている


彼女の肌は
食べ物が喉を通ったら
透けてしまうくらいに白く
その中で唯一赤い唇も
可憐な薄付きの唇だった
切れ長に開いた目蓋の底には
黒曜石のように黒目がちな瞳が
満天の空を仰いで
輝く星を映していた
目と同じ色の髪は鋭いくらいの艶を滲ませ
さらさらと肩口に流れていた


細く華奢な彼女の指に
自分と同じ色の指輪が収まっているのを
不思議に思いながら

良く見ると

彼女の首後ろの付け根から
長い黒髪にまぎれて
薄く薄く
銀の羽が
細長く
腰まで生えているのがわかった


夢で善くあることだけど

訳も無く
僕には彼女が何物か解ってしまった


――薄羽蜻蛉ウスバカゲロウ――


産卵期を迎えた彼女には
儚げな印象は其のままで
太ももの付け根から
細い腰のくびれ
狭い胸の下まで
びっしりと
重たい卵がつまっていて

其の
腹の
右の部分が
裂けて
真珠色の卵が
覗いていた

弱っていた


彼女は
浅い息を繰り返しながら

  卵は産まれるのでしょうか


呟いた

僕は
切なくて
愛しくて
彼女の手を握りなから


  きっと産まれるよ

と答えた
彼女は薄く瞬きをして


  この月下美人の咲く夜に また 会いにきてください

そう言って
涙を流した彼女の眦をぬぐうと
蒸せかえるような月下美人と
涙の香りが鼻をついて


そこで目が覚めた




故郷についたら
夜だった
山中の路を向うにつけ
常にまして静かな夜で
それでいて不思議と柔らかい
夜だった

何時もは
粛々と夜の闇が降り積もるだけの路に
今夜は夜以外のものも落ちてきていた
月光
星達がいくぶん静かなのは
見事な満月が天上を廻っているからだった

そう 満月

見上げた瞬間に
あの香りが流れて来た
涙と
満月

だけ咲く花

――月下美人――


(思い出した)



あの約束は
夢では無かった

あわてて
森を分け入る
あの切なさが
愛しさが
胸に去来して叫び出しそうだった
彼女の名を

香りを頼りに辺りを見渡し
足元や顔が傷つくのも忘れ

走って 走って 走って

木々の間に白い影を見つけた


果たして
彼女が座っていて
卵は全部
花弁に植えつけられていた


僕が何か言う前に
彼女は振り向き


  今 
  月下美人が咲いた所です

目を会わせて
ふわりと微笑んだ



僕は膝まづき
青白い彼女の

“妻”の


頬をなでて
ゆっくりと
口付けた



――ただいま――

僕の背中で
彼女と同じ
薄い銀の羽が
ふふ、 と
震えた


そうか


僕も
蜻蛉カゲロウだったね







『蜻蛉の夢』


自由詩 蜻蛉の夢 Copyright 蒸発王 2007-02-17 22:09:36
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