ケータイ電話
はるこ


ケータイ電話が音を立ててぷつっと切れた。
ぼんやりと、うんともすんとも言わないただのモノを見やる。
これで世界とあたしを結ぶものはなくなったんだな、なんて思う。
そしてほっと小さく息を吐く。なんだ。なんだ。なんなんだ。
ケータイ電話の画面から光が消えるとき、あたしは心の底から息ができる。
こんな小さいものに支配されて、されたくなくてもされて、
ひとの顔が視界から消えて、息が詰まりそうだったから。

ケータイ電話を充電器に差し込まずに、天井で光っている電灯を見つめる。
もう二年くらいずっと丸い形の電灯は一本だけで光っている。
友達は大家さんを呼んで直してもらえと言う。
二本で光るはずのそれは、通常の機能を果たしておらずぼんやりと薄暗い。
あたしの怠慢な性格を示している物体だ。でもいい。もうすぐ去るのだから。

手元にあった本を読んだ。
手癖の悪い女の子の話。
なんだか暗い気分になった。でも最後まで読んだ。
希望があるような、ないような、不思議な話だった。
でも共感はできなかった。
文学の根底にある寂しさをあたしはいつも肯定できない。
自分の中に流れているものを認めたくないだけかも知れない。
買うんじゃなかったな、と思った。
でも買う前のあの高揚感を忘れることはできない。

そろそろケータイ電話を充電器に差し込んで、
センター問い合わせをしてみようと思う。
あたしの喜怒哀楽の発端を担う彼女から、きっとメールが来ているはずだ。
好きでたまらない。けどたまに憎くて仕方がなくなる。
彼女の幸せを手放しで喜べなくなる。
あたし以外の女の子の話をしていると耳を塞いでしまいたくなる。
名前が出てくるだけで胸がぎゅっと縮まる。
まるでコドモだ。
きっと今日もことばを読むと、哀しくなったりするに違いない。
それでも見やることはやめられない。彼女から離れられない。

そうしてケータイ電話をまたぼんやりと見つめる。
もしかしたらあたしはこの小さい画面に
ただ、支配されたいだけなのかも知れない。
彼女に、支配されたいだけなのかも知れない。


散文(批評随筆小説等) ケータイ電話 Copyright はるこ 2007-02-17 21:40:21
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