えむさんの草原
たもつ

咳をしたらたまたま側にいた
隣の課のえむさんが
フルーツのど飴をくれた
えむさんがフルーツのど飴を好きだなんて
初めて知った

えむさんは僕より十歳くらい下の女の子だけど
背は僕より十センチくらい高い
キリンさんのように人より頭ひとつ高くて
時々窓から外を見ている
きっと十センチ上の空には僕の知らない風が吹いていて
えむさんにしか見えない草原が見えてるのだろう
でも人と接するときは上から見下ろすようなことはなくて
なるべくその身体を折りたたむように話す
そして小さなお菓子を勧めてくれたりする

えむさんはこの春に結婚して退社する
婚約者はえむさんより五センチ背が高いそうだ
もうお腹の中には二人の赤ちゃんがいる
順番間違っちゃったね
ってからかうとアハハと笑った
セクハラまがいの失礼な言葉だったのに
アハハと笑った
えむさんの笑顔はいつもいい匂いがする

それから一ヵ月たって隣の課にいくと
えむさんの机の周りは小ざっぱりと片付いてて
えむさんは後任の人に引継ぎをしていた
いつものようにその高い背を折りたたんで
もしかしたらえむさんとは
これから一生話をすることもないかもしれない
つまらない感傷かもしれないけど
えむさんも僕もそれぞれに大切なものを知ってる
大切なものに順番なんてないことも

えむさんがひょいと首を伸ばして
窓の外を見た
誰も見たことのない草原が
明日窓の外からなくなる



自由詩 えむさんの草原 Copyright たもつ 2007-02-17 17:52:40
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