メメント・モリ
蒸発王

こんばんは
良い夜です


『メメント・モリ』



何時頃からか
死にたい気分になると
身体中から
黒い霧が立ち上るのが見えました

霧は
冷たく
緩やかで
僅かな潮の香りと
海を想わせる
あえかな
女性の吐息の感触で
包まれていると
安らいだ気分になれたのです


死というモノに姿を与えるならば
其の形は
僕にとっての
理想の女性だったのでしょう


そのうちに
自分以外の黒い霧も見えるようになって
親友にも
其の黒を感じた
翌日
彼は旅立ってしまいました
そんなことが何回も何十回続いて
僕を包む霧が
さらに濃くなって行くのを
見て見ぬふりをしていました


脱色した茶色の髪が
焦げちゃ色の瞳が
霧に犯され
みるみるうちに黒く染まり
湿度は高く
むせ返るような霧の中
もはや自分の姿さえ見えず
盲目に
彼女に夢中になり

囚われた


じりじりと追い詰められて

彼女からの接吻を受けると

息もつかず


呼吸が出来なくなって

蒸発した身体が
霧の中で溶けた



そうして
僕は
霧そのものになってしまいました


僕の髪も目も
黒い霧の微粒子で構成され
煙のような霧が身体を取り巻き
身体の周りには
常に死の予感が立ち込めるので
未熟な命は近づくだけで消えるのです

僕が死を想えば
黒さは闇のように粘ついて
人は早く死期を迎えます


悲しみながら
僕は飽きもせず
死を想いました
そうすれば
耳元で彼女の吐息が触れる気がしたから
冷たい霧になった
僕の最後の温もりが
彼女への恋心なのです


やがて

僕は


せめてもの罪滅ぼしに
僕が死なせてしまった
全ての人を訪れて
温かい所まで連れて逝くように成りました


黒い霧はいつのまにか濃縮されて
小さな黒い手帳に変わり
開けば向こう5年で死ぬ人間の名前が記してあります
誰もが僕に向って歩いて来ても
誰にも僕の姿は見えません
見て欲しい時は
名を名乗る様にしています

いつだって文句は

『こんばんは』

眠りにつくのなら夜でしょう


死を想いながら頭を垂れて
心の中で彼女への愛を囁きながら
善く知られた名を一言で

そうすれば
誰にでも僕の姿が見えるのです


ああ
良い夜だ




こんばんは

死神です







『メメント・モリ』

             
そして死神は『私』と出会う/NEXT⇒『死神と私』




自由詩 メメント・モリ Copyright 蒸発王 2007-02-15 19:51:42
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死神と私(完結)