少年は病的に解放する
水町綜助
その少年は無垢なようでいて
染まっているまたは染めあげられている
もうずっと前に
そうだこの子の歯が三十二本あたらしく
生えそろった頃に
俺はあの
沢山の水とほんの少量の油を入れたでかい漬けダルの中に
けして混ざりきることのないその中に
この子を屋上から蹴り落としたのだった
ということを
少年の夭折した父ですらもう忘れた
いや自分から身投げしたのだったか
それすらもはっきりとしない
そしてその侵食は
少年が落下し始める事と同時に起こった彼の父の死によって決定的に沈着した
ということももう忘れられた
落下する少年
屋上で突然死した父親
少年の落下と父の死は同義だった
少年が飛び込んだまたは蹴落とされた樽は
大半が真水だったのでそれはさまざまな色を映した
そして少年が落下したときそこに満ちていた色は
屋上の上にぽっかりと浮かんだ当時の晴天の色濃い青空で
それと霹靂として濁々と流し込まれた死顔の色
後は少年のまだわかい血液
その色たちは少年の白かった骨に浸透した
だから肉を剥げば少年の骨は
ちょうど温泉土産のガイコツのキーホルダーのように
色付けされている
晴天と土色と薄い赤
そしてところどころ混ざり合った紫
そんな色をしている
普段その色は
その後知り合った人々になすり付けられた様々な色彩や
街中でひっかけられた酒や泥
天楼に照らされて油膜に張り付いた七色のネオン管
などに塗りこめられているが
それは時に
みずからなのか
なにものかによってなのか剥ぎ取られ
解放される
たとえば街中をあまりにも速く速くすり抜けたとき
電信柱に引っ掛けてカギ裂き
そこから染み込んでくる空気が
少年を夢中にさせ
空気が
徐々に徐々に剥離させ
そして少年は病的に解放する
晴天と
土色と
薄い赤
そしてところどころ混ざり合った紫
そんな色の骨格を開陳する
そして理解されないか気味悪がられてしまう