Kanon
水町綜助
桜の花びらが散り
グラウンド沿いにつくられた遊歩道に降り積もる
つよい風が吹いて
目を瞑るしかなくて
吹き飛ばして
恐る恐る目を開けると
視界いっぱいに花びらが激しく舞ってて
そして
静かに
静かに
青空がのぼりはじめて
カノンが流れだす
8万円の古い400cc
黒いヤマハの2気筒をチョップして
体中にベタベタとステッカーを貼って
缶スプレーで塗られたタンクには「DAWN」ってペンキで適当に手書きされてる
みどりと青と黄色でへたくそに
好きだったバンドの真似して
そしてその横には大きな笑窪
ヘルメットなんてかぶりたくなかったからよく追っかけられて
いきなりUターンしたからマンホールで滑ったんだ
学ランなんかこすれて溶けて破れて
クランクかどっかから一瞬火花が出てた
空の下で火花が咲いてた
たたきつけられる衝撃と
硬いものと硬いものがこすれるぎざぎざした音
それとまだやわらかな欲望
あのころ静かに流れる時間の中にそれは見守られるようにして存在した
いまカノンが流れている
町の中の小さな公園は何もなくて
ほんとうになにもなくて
ベンチがいくつかと
ジャングルジムとくっついた滑り台
あとブランコくらいのもの
なにもないから君をつれてきた
このブランコだけは朝から夕方まで光が当たりっぱなしなんだ
ほらあそこビルが切れてるだろ?
あと、西日はあっちのガラス張りのビルに反射するんだ
だから冬でも割とあったかいんだ
夏は悲惨だけどね
なんでわらってんだよ
髪がぐしゃぐしゃなのは
好きでしてんだって
区画整理がうまく行ってる町はそんなにないんだってさ
東京なんかあんまり行ったことないけどあそこはぐちゃぐちゃらしいよ
「道は曲がりくねってて、いつも気をつけて走ってないと、知らないうちにぜんぜん違う方向に曲げられてる」ってNが言ってた
この道は好きな道なんだ
中心地から港の方に抜けられるし
この町で斜めに走ってる道なんてめずらしいだろ
勘違いかも知んないけど潮の匂いみたいのがたまにするし
あとさあ
西に向かうじゃん
だから
こんくらいの学校帰りの時間はさぁ
ひかりが
目の前から来るから
好き
よく聞こえない
聞こえないよな
声張り上げても
70キロしかでてないけど
思ったより声も出てないしさ
車が
うるさいよ
風に吹かれて僕の匂いがとんでいく
君の匂いは増していく気がする
湿気た窓のない暗い部屋で
抱きしめたとき
つめたくなった体に君の体温が流れ込んで
うなじの後れ毛に顔を押し当てたとき
君のにおいがあふれて
僕は泣きたくなるほど幸せだった
港湾の工業地帯に夜の帳が降りて
埋立地のプラントは光の城になる
冷たい澄んだ膜は
光化学スモッグとかもぜんぶ包むから
僕には綺麗なものに見えた
ところどころの煙突から時折火柱があがる
僕と君はそれを
ハープ橋の上から
黎明に乗っかったまま見てる
もう帰んなきゃな
カノンが
kmを
密やかに刻んでいく
適当な場所で落ち合って
Nはクラブマン
Oは買ったばっかのセコハンのスティード
Fはパンヘッドそれどうしたの?借りたのかよ?めんきょねえじゃんお前はぜっぺけじゃねえのかよヤンキーのくせしてよ
僕は俺と名乗ってエンジンをかける
今日は岐阜県桃助橋を目指します
と俺は言ってみる
勝手に決めンな
って言われてタバコのけむりを空に向かって吐き出す
八月真夏のさなか
入道雲の上を走ってみたい
低層都市の広い空と広い道路を走る
W大通り通称100M道路を東へ東へ
吹上を越えても曲がらずに
曲がらずに
まっすぐ
まっすぐ
いやでも曲げられるから
いまはまっすぐ
H山の坂を下って
動植物園を掠め見て
動物園はどうでもいいけど
植物園また行きてえな
あそこのビニールハウスすごくいいんだぜ
南国の花がたくさん咲いてる
中は暑いんだ
で、赤とか黄色とかいろんな花が咲いてる
名前はわかんないな
でもいいんだよ
ところでダリアっていい名前だよ
なんかいい名前だ
赤い花で大きい花なんだけどなんか可憐な感じがするよ
南の島の女ってそんな感じじゃないのかな
いや、南の島の花かどうかは知らないけどさ
たぶん
そうだよ
はっきり言えないけど
それでいいんだよ
153号線空の上みたいな道
燃えている山なみを突っ切って伸びている
そんなに広くないけど
俺達は錯覚しているから
競走を始める
スロットルを雑巾みたいに絞ってそして
90キロから一度空気が変わって
風鳴りがして
120キロから風がまた変わって
針みたいになって
140キロから
Tシャツが捲れて
みんな若い背骨が出て
からだが強張りだして
それでもまだ緩めなくて
どんどん絞って
めが開けていられなくなって
涙が出て
それが横に流れていって
落ちて
流れて
飛んで
アスファルトに飛び散って
いく
こわいんだ
怖くて怖くてしょうがない
変わっていくようで
世界が
道路の継ぎ目は一直線になって
木が林が森が緑の宝石が斜めに傾いで千切れ飛んでいって
木漏れ日がつよくてそして連続してめちゃくちゃに「僕」を切り取っていく
黎明はただただ熱くなって
もう真っ赤になるくらい熱くなって
2気筒の振動で
むりやり付けたキャブトンマフラーの破裂音でバラバラになりそうで
拍動が止まらない
カノンが止まらない
巧妙に繋げられてループしている
終わって欲しくない
どうかこのままでいさせて
夏が
季節が
瞬間が
僕が
俺が
黎明に乗って
どこかに進んでいく
きっとどこかに進んでいってしまう
きみのことがすきだ
おれはただそれだけだ
それだけで僕は俺はこんなことをするんだ
きみがわらっているぶらんこにゆられて
俺の話はいつもくだらない
ゆれている
ゆれている
カノンが流れている
空気の壁が目の前にあって
僕はそのままのスピードで
それに突っ込んだ
何かが割れるような音がした