「ありがとう」と言わせない
ベンジャミン


塾の講師になって二年

はじめから
教えられることなど
何一つなかったのかもしれない

今日も一人の生徒が
僕のもとを去ってゆく
「高校へ行ったら、此処へは戻ってくるなよ」と
力いっぱい手を握りしめた

「ありがとう」と言われることが
僕にはとても似合わないので
最後の授業が終わるとすぐに
僕は集団から離れて
その生徒が帰るのを待つ

これから先
何処かで出会ったとしても
彼はただ自分の人生を歩んでいるにすぎない

何も教えてやれない僕には
ただ彼の成長を祈ることしかできなくて
そうやって彼は自分の力で
何かを身につけて去ってゆく

「ありがとう」と言われることが
本当は辛くてたまらない
教えたいことはたくさんあった
まだまだ彼は未熟で
まだまだ彼は可能性に満ちている

口を突いて出てきそうな言葉を
何度となく奥歯で噛みころした

そう
はじめから
教えることなど考えもせず
彼がどうやって成長してきたのかを
僕はただ伝えてやっただけなのだから
これからも彼は立派に成長してゆくだろう

「ありがとう」なんて言わせたくなかった
そんなふうに育ててしまったなら
僕は僕として失格なのだ

だから僕のもとを去ってゆく彼を
僕は見送ることもなく去る
去ってゆくのは
きっと自分の方なのだと

彼の背中に
どうか一対の翼があることを信じて

僕はまた新しい生徒たちに
その意味だけを伝えようとする


      


自由詩 「ありがとう」と言わせない Copyright ベンジャミン 2007-02-06 14:19:50
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