春の歩み
佐野権太
幼子が堅く握った手を
僅かにゆるませるように
朝の光を浴びた梅の木が
真白い花を孵化させている
豪華さはないが
身の丈に咲く、その慎ましき花に
頬を寄せれば
まだ淡い春が香る
お腹が大きかった頃
牛歩する君を支えながら
ひとつひとつの芽吹きを指さし
花や木の名前を教えてもらったのを思い出す
世間知らずは、きっと
僕の方なのだ
子供が生まれてから
カーブの先ばかり見つめる僕は
何だろう
と、つぶやく君に
松だ、とか
杉ぢゃないか、とか
いつも適当だった
車窓の流れる景色を見つめ続けていた君には
ずいぶん、淋しい想いをさせてしまった
もう少し暖かくなったら
ふたりでゆっくり歩こう
僕が聞いたら
また、教えてくれよ
同じものを見つめ
同じように愛しいと思える尊さに
少し頬をゆるめた僕らは
きっと昔みたいに
自然に手をつなぎたくなる
僕らはおおげさに春を指さしながら
そのぬくもりに
気づかないふりで
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家族の肖像