ベーゼンの海
soft_machine
ついにお前は前世紀の真夏となって
果実の薫であつめた
くらく重たい天盤をひらく
太陽のとどかぬ深い森は
禽の歌の皮肉なかがやきと歓喜と
植物のむせ返るような熱を
まなざしでくぐり抜け
砂浜にたたずむ
円を描く痛みを抱えながら
静かに朽ちてゆく
ボロー二ア産と記された
すべての弦が
今は冷たい風に揺さぶられ
ひろく横たわる黒い低部の鍵盤を
磨かれた指の月光に押され
かすかに
呻く
別れの曲を弾いてくれ
高い空に問いかける
音がひとつ消えてゆく度に
風はさらに堂々として
この冬を美しくするだろう
俺かお前のどちらかでいい
続く海に似合うならば
みじかい調べでも構わない
この単調な拡がりに
時おり虹があらわれ
いちど傾いてしまうと
見えないあやつり糸に
吊られた波が重なって
違う誰かの雨音に濡れながら
お前が弾いてくれた曲名も
忘れたふりをした
あの日の約束が
誰かのものになっているとしても
たったひとつの存在を
祈り求めずにはいられない
夢に逃がれようとようと足掻いても
午後にはお前だけが愛した
遠浅が現れる
真実の名で
ベーゼン
お前はいまもなお広い鍵盤が
この青空の下誰かの指先に生まれ
ひっそりと失われ
何度でも甦っていることも知らず
きっと嘆いているだろう
忘却が
雲をひとつちぎり
あの日俺達から飛び去ったことも
ふたりの足跡に触れたことも
浜木綿のすべらかな
葉の脈のかげで