或る紙すき職人の遺言
蒸発王


最近の紙ってのは
紙じゃないね
ケント紙だとかルーズリーフだとか
下らない
にじまない紙の何処が紙だというんだ

紙はね

にじんでこそ紙の価値が問われるのさ
とくに
和紙はね
手すき職人が1枚1枚魂を込めてる
そこに滴る水一滴
墨の一欠けら
時には血でさえも
落ちれば吸い込み
深く深くにじむ
にじめば手すいた人間の魂が
紙の上に見えるものなのさ
俺の手を見ろ ほら
薬品でガサガサだろう
ちり取りって言って和紙を作る時
ゴミが入らないように取り除くときにヤられる
こんながガサガサ1つとったって
同じ職人なんぞいない
この手ですくんだ
違いも出るし
にじみ方にはクセができる

和紙はあんな薄っぺらいのに
幾層に上重なってるのは

もっと色々な温かみだ





それでねお前

俺が死ぬ前には遺書を書くから
もちろん俺の紙を使って
最期の手紙を書くよ
墨はにじんで
俺の紙にしか出ないにじみ方をするだろう
其れがあればいつも一緒だ


それからねお前
俺が死んだら
骨壷を包むあの白い袋
あれあ和紙で
その和紙をお前がすいておいてくれないか
そうすりゃ独りで逝くんじゃない
其れがあればずぅっと一緒だ


だからねお前
ちゃあんと紙すきの修行しろよ
後々困るから
薬品には注意して
後でハンドクリーム塗れよ
ガサガサになるから


あのねお前
泣くんじゃないの
これで涙ふけ汚いな
ああそうか
この懐紙も俺の紙か


お前の涙は
俺の紙の上で
こんなにじみ方をするのか






なかなかどうして

綺麗じゃないの








『或る紙すき職人の遺言』




自由詩 或る紙すき職人の遺言 Copyright 蒸発王 2007-02-01 19:05:25
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