夏の陽
草野春心



  思い出すためではなかった
  あの日 あの時 あの場所で
  明るい夏の陽を浴びたのも
  あのひとの横顔に
  静かでみじかい恋をしたのも



  語るためではなかった
  あのひとの好きな花を買い
  あのひとの好きな冗談をいい
  言葉をさがし心にまよって
  わけもわからず涙を落としたのも



  秋の午後 あのひとの顔と会ったのも
  冬の夜 あのひとの言葉を知ったのも
  そうして 春の朝 あのひとの背中を見送りながら
  黙って手をふったのも
  いまここであなたを抱くためではなかった



  あらゆる偶然を素通りし
  この偶然に至った
  たったそれだけのことなのに
  あのひとは かすかに微笑んだ
  新しい夏の陽の下で



自由詩 夏の陽 Copyright 草野春心 2007-01-30 09:51:45
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