夏の陽
草野春心
思い出すためではなかった
あの日 あの時 あの場所で
明るい夏の陽を浴びたのも
あのひとの横顔に
静かでみじかい恋をしたのも
語るためではなかった
あのひとの好きな花を買い
あのひとの好きな冗談をいい
言葉をさがし心にまよって
わけもわからず涙を落としたのも
秋の午後 あのひとの顔と会ったのも
冬の夜 あのひとの言葉を知ったのも
そうして 春の朝 あのひとの背中を見送りながら
黙って手をふったのも
いまここであなたを抱くためではなかった
あらゆる偶然を素通りし
この偶然に至った
たったそれだけのことなのに
あのひとは かすかに微笑んだ
新しい夏の陽の下で