いのちのかなしみ
小原あき

たっぷりと綺麗なお湯を張り
たぷん、とそこへ身体を潜り込ませた
暖かな気持ち良さが
ほんのり心地よい

綺麗な
本当に綺麗なそのお湯を
手で掬ってみると
遠くの飢えたいのちが
泣いた気がした

明日が来ることを恐がる毎日に
明日が来ないかもしれない毎日が
何かを訴えている

かまわずお湯に浸かり続けると
耳でしか知らない
想像でしか知らない
飢えたいのちが
必死に手を掴む
払い除けても
耳鳴りのように
離れない

何もない日常
飢えもない
楽もない
悲しみもない
喜びもない
何もない日常
いつも嘆いていた
うつむいて
ただ、無気力に
ため息をついていた

生きることに一生懸命になれるいのちと
生きることはあたりまえのいのちと
どちらが価値のあることかなんて
どんな偉い科学者だって
見つけられないに違いない

湯槽で掴まれた手を
振りほどいて
身体を洗う
わたしは悪くない
悲しみを嘆きを洗い落とすかの如く
必死に身体を洗う

排水溝の奥
飢えたいのちの
開いた口が
赤くかさついて
見えた



自由詩 いのちのかなしみ Copyright 小原あき 2007-01-27 22:29:24
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