浮遊する夢の形状 デッサン
前田ふむふむ
1
鎖骨のようなライターを着火して、
円熟した蝋燭を灯せば、
仄暗いひかりの闇が、立ち上がり、
うな垂れて、黄ばんでいる静物たちを照らしては、
かつて丸い青空を支える尖塔があった寂しい空間に、
つぎはぎだらけの絵画のような意志をあたえる。
震える手で、その冬の葬列を触れれば、
忘れていた鼓動が、深くみずのように流れている。
わたしの耳元に、幼い頃、
おぼろげに見た、赤いアゲハ蝶が、
二度までも舞う気配に、顔を横に寝かせれば、
静寂の薫りを運んで、
金色の雲に包まれた、羊水にひたるひかりが、遠くに見える。
あの霞のむこうから、わたしは来たのかもしれない。
剥ぎ取られた灰色の断片が、少しずつ絞られて、
長方形に鋏がはいる。
わたしは、粗い木目の窓を眺めながら、
捨てきれない、置き忘れた静物といっしょに、
墜落する死者の夜を見送る。
湧き上がる夜明けのときに――。
2
朝焼けが眩しい霧の荒野が、瞳孔の底辺にひろがる。
赤みを帯びて、燃えている死者の潅木の足跡。
そのひとつの俯瞰図に描かれた、
白いらせん階段が、空に突き刺さるまで延びた、
古いプラネタリウムで、
降りそそぐ星座を浴びた少女がひとり。
凍える冬の揺り篭をひろげた北極星を、
指差しながら、
わたしに振り返って、
ここが廃墟であると微笑んだ、
あの少女は、誰だったのだろう。
なにゆえか、懐かしい。
窓が正確な長方形を組み立てて、
視界になぞるように、線を引く。
線は浮遊して、静物に言葉をあたえる。
次々と引きだされる個物のいのちは、
波打つひかりのなかを、文字を刻んで泳いでいく。
やがて、線が途絶えるところ、
わたしは、線を拒絶した荒廃した群が、列をなして、
窓枠をこえていくのを見つめる。
見つめつづけて。
3
思い出せないことがある。
わたしの儚い恋の指紋だったかもしれない。
単調な原色の青空を貼り付けた風景が、声をあげて、
わたしに重奏な暗闇を、配りつづけている。
時折、激しく叩きかえす驟雨を着飾れば、
(空は季節の繊毛が荒れ狂い、
――あれは、熱狂だったのか。
白い雪が氾濫して、皮相の大地を埋めれば、
(モノクロームの涙に、染める匂いを欲して、
――あれは、渇望だったのか。
わずかな灯火をたよりに、手を差しだせば、
繰り返される忘却の岸に、傷ついた旗が見える。
思わず瞑目すれば、
ふたたび、貼り出される白々しい単調な音階に、
身をまかせている、わたしの青白い腕。
すこし重さが増したようだ。
長方形の額縁のような窓が、果てしなく遠のいてゆく、
限りなく点を標榜して。
いや、はたして、窓などはあったのだろうか。
仄暗い闇のなかで、わたしは、痩せた視線で、
忘れたものを、いつまでも眺めている。
眠っている静物たちを眺めて、
灯りが弱々しく沈んでいくと、
眠っている鏡台の奥ゆきから覗く、
寂しい自画像がうつむく。
茫漠と、時をやり過ごし、
時計の秒針が崩れるように、不毛が溶けだすとき、
微候を浮かべる冷気にそそがれて、
燦燦とした文字で埋めたひかりが、
硬直して、延びきった足のつま先に、顔を出す。
わたしのうつむく眼は、輝くみずに洗われている。
やがて、訪れるはじまりは、
ふたたび、夢の形状をして――。