舞蝶〜踊り子と一人の紳士〜
なかがわひろか

憂い顔の蝶が舞う
襖に描かれた青、赤、緑
添い手を離せば
連れて行ってしまわれる

あちら
こちら
ひらり
舞う蝶

停まり葉は枯れ落ち
夜雨(よさめ)に羽根が染まる




紳士:「お嬢さん、こんなところで踊っちゃいけないよ。」
女 :「あらやだ。誰がそんなことお決めになって?」
紳士:「大人が決めたんだ。たくさんの法律を使ってね。」
女 :「アタクシ、難しいお話は嫌いですの。」
紳士:「そもそもこんな夜更けに踊るなんてどうかしていないかい。」
女 :「女はいつも、どうかしているものよ。」
紳士:「おや、これはうまいね。しかしどうだい、雨もだんだん強くなってくる。」
女 :「音楽がないのよ。だからアタクシ降らせましたの。」
紳士:「雨をかい?」
女 :「そうよ。雨を。」
紳士:「音楽がないから?」
女 :「音楽がないから。」
紳士:「さあさあそんなこと言っていないで。風邪を引くよ。」
女 :「風邪なんか引かなくってよ。アタクシ、踊っているだけですもの。」
紳士:「どうして、君は踊るんだい。」
女 :「浮世の憂いを浄化するためよ。」
紳士:「おや、難しいね。」
女 :「うふふ。」
紳士:「さあさあ、いろいろ言っていないで、こっちへおいで。」
女 :「どこへ連れて行くおつもり。」
紳士:「もっときれいな音楽がある場所へさ。」
女 :「素敵なお答え。」
紳士:「さあ、行こう。」
女 :「最後にもう一踊りだけしていいかしら。」
紳士:「君の気が済むならね。」
女 :「優しい人ね。」
紳士:「だけど、どうしてだい。なぜ君は踊る。」
女 :「うふふ。」
紳士:「なんだい。」
女 :「アタクシ、難しいことは嫌いですの。」
紳士:「おやおや、やられたね。」




浸かれた感処に
我が身を失う舞

狂って
クルって
ひらり
悲しいほどに

地を叩く長雨
唄い手の手拍子
宵や、宵やと
踊り狂う

ひとひらの蝶
踊り尽きた夜更けに
濡れた男と女は
靄(もや)の中に溶けて行く

浄化せし思いは
何処へか行かん
絶えることのない
舞は続く

(「舞蝶〜踊り子と一人の紳士〜」)


自由詩 舞蝶〜踊り子と一人の紳士〜 Copyright なかがわひろか 2007-01-24 00:32:02
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