落し物
水町綜助

街灯で出来た僕の影を、後ろから出てきた新しい僕の影が追いかけ、でもけして追い越すことが出来ないでいるのを見ながら、僕はオレンジ色の夜道を歩いていた。
家までの道のりを歩いてきてここまで何分くらいの時間がかかったか?
そんなことを思いながら赤信号で立ち止まり、すこしボンヤリしていると、横に立っていたひとから突然声を掛けられた。
僕は彼を知っていた。
そのひとは、さっきからずっと僕の近くを歩いていた男のひとだったからだ。
黒いヘルメットを被った彼と、抜きつ抜かれつしながら歩いてきたのだ。
彼は僕の肩をたたいて言う。
「あのうさっきなにかおとされましたよ」
僕はびっくりして、「え?なにをですか?」と尋ねた。
彼は言う。
「いや、ただの紙切れかもしれないし、ぞうきんかもしれないですけれども、なにか白くて、それでふちがきりきりとひかるものでしたよ」
言われて僕はポケットに手をつっこんで探った。ハンカチもあるし洗いたてのタオルもある。レシートの束だってこんなにある。それは一枚だって欠けていない。
でも僕は慌てた。
ポケットにはほかにはなにも入れなかったけれども、ひょっとしたら入れっぱなしにしていたなにかを落としたのかもわからなかったからだ。
自分がなにを落としたのだかわからないからだ。
だから僕は尋ねる。「どこで落としましたか?」
彼は指さしながら教えてくれた。
「あの橋のあたりです。ちょうど駅の入り口らへんです」
僕もそちらを見る。彼の指した駅と橋は、ネオンもぼやけて見えるくらい遠かった。
なんなのだろう?
考えても全くご名答は出てこなかった。僕はほんとうに困りはててしまった。
つまらないものかもしれないし、大事なものだったかも知れない。ひょっとしたらなにも落とさなかったかもしれない。
僕が俯いて心当たりを探っていると、彼は「じゃあ気をつけて」と言って去ってしまった。
僕は二分くらいその場所で考えてから、とりあえず自分が必要とするものは持っていたので、また家に向かって歩くことにした。



散文(批評随筆小説等) 落し物 Copyright 水町綜助 2007-01-21 01:55:32
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