眠り姫の目覚め
なかがわひろか

わたしがその昔
まだ若くて
眠り姫だった頃のお話

お父様は
わたしの婿選びに
わたしを目覚めさせた者だけが
その権利を得ると各国の王子たちに御触れを出した

わたしはまだまだ若くて
やりたいこともそれなりにあったけれど
お父様が納得するなら、と
何も気づかぬふりで眠り薬を一気に呑んだ

しかしいささか
わたしは飲みすぎたようだった
各国の王子は
お父様が築いた壮大なまでの仕掛けに
八つ裂きになったり
首をちょん切られたりした

けれどだんだんと
近代化するうちに
強力な武器を持って
それを楽々と打ち破るようになってきた

いつしか眠りすぎたわたしは
結婚適齢期など
とうの昔に
終えてしまったようだった

年齢差何十年のカップルなんて
誰も望みやしない

各国の王子たちは
もうわたしの孫の世代よりも
ずっとずっと
若かった

それでも
お父様が遺したものが欲しかったのでしょう
目を閉じ
中には腐臭を避けるように
鼻をつまみながらも
各国の王子たちは
わたしに
キスをした

くちびるがカサカサになって
骨と皮だけの体になって
わたしはやっと
目を覚ました

たまたま選ばれた王子は
すごく嫌そうな顔をしたけれど
おかげでお国の財政も
何とか立て直せそうだからと
周りの説得のうち
なんとかわたしと
結婚してくれた

わたしは正妻とはなったものの
眠りすぎた体は
もうどこも動かなくて
糞尿を垂れ流し
ものも言えなくて

目の前で王子が
他の女と逢瀬を交わしていても
なんにも咎めることは
できなかった

ねえお父様
お父様が望んだわたしの幸せは
むしろ諦めに近いかたちで
わたしを迎え入れたわ

本当は
誰にも渡したくなかったのでしょう
いつまでも
穢れることなく
お父様の一所有物として
置いておきたかったのでしょう

ねえお父様
わたしは本当は知っているの
わたしは本当は
眠ってなんかいなかったのよ

お父様が
わたしが寝ている間にしていたこと
わたしは全て知っているの

お母様の
刺すような視線も
ちゃんと分かっていたの

目覚めても
そこには何の幸せもないことは
とっくの昔に
気づいていたの

でも何一つ恨んでなんかいやしないわ
わたしが女であったこと
お父様は
生涯お忘れにならなかったでしょう

わたしたちは

きっと

きっと

幸せな

父娘だったのでしょうね

もうすぐね

もうすぐよ

会いに行くわ

あなたは

わたしが知った
生涯でただ一人の

男なのですもの

(「眠り姫の目覚め」)


自由詩 眠り姫の目覚め Copyright なかがわひろか 2007-01-15 00:47:51
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