*家
知風

見慣れた色 愛していた白の壁紙に 青インクを滴らせた
それも今は夢

貝の骨 散らばった星の砂 瓶詰めになった船型の心
凪にたゆたう 壊れた女神の半身

朝はこない ガーベラは枯れず 壺は時を湛える
少女の三つ編みの一鎖

ここは沼の底 扉を開ければ とぐろを巻いた肺魚たち
酸素もない オルガンも響かない

   そこから見つめないで
   いっそ捕らえて
   喰われてしまえば
   残るものもなく

アイボリーと黒檀が 交互に窓を通り過ぎる
女王の膝元 砕けた騎士の駒

煌くクリスタルに 飲み込まれていく葡萄酒
やがて一粒の琥珀になった

柱時計が十二回 逆回転に十二回
ガラスの瞳の時告げ鳥

炎をあげるレコードも クラッシックの旋律も
全ては回り落ちるシャンデリアの嘘


   ベッドの下に隠れている
   黒いオーロラのような
   生温かいシーツが
   いつか私を喰い尽くすの

 
      バタフライ・ファームで眠るがいい
      パセリ セージ ローズマリー ル・パピヨン
      花びらの中の一番小さな妖精を
      君はいじめたりなんか してはいけない
      そっとキスしておやり 涙を拭いておやり
      腕に抱きしめたなら きっと破れてしまうから


底のない螺旋階段 転げ落ちていく果物には
赤や黄色 それと 名のついた色ばかり

木の歯車が回る 若者たちが踊りはじめる
ブリキの兵隊が 鉛の嫉妬を放つ

からっぽのはつかねずみの檻 回し車がからから鳴る
餌をやらなくちゃ ひからびた苺 饐えたミルクの匂い

それが幻だというなら なぜあの鳥は空を舞うの
額縁の向こう コンキスタドーレたちが夢の跡


   地下室の底
   屋根裏の隅
   ベンジャミンの鉢の陰
   背中に感じている手


蔦の浴槽には テラコッタの豚が住み
大好物のトルコ石鹸を背負っている

地球儀の上 立派に描かれた地図の海
きっと船乗りたちも 北極星が見えない

セイロン紅茶の時間なのに 花柄ティーカップは円舞して
手編みレースのテーブルクロスに 金色くるくるポルカ・ドット

無口なヴァイオリンは 愛する弓を探す旅の途中
風にふるえる この弦が擦り切れるまで


   追いつめられたら
   このステンドグラスを割るの
   きれいな天使の顔を蹴破って
   どこまでも逃げるのよ


       バタフライ・ファームで眠るがいい
       パセリ セージ ローズマリー ラ・マリポザ
       本当の花を咲かせる春の光を
       君は知ってしまっては いけない
       真鍮の太陽が ただ一つの真実
       逃げ出したなら 君は灰になってしまうから
         


銀の細工をなぞる指が求めるのは
なくしてしまった 宝箱の鍵


2005冬


自由詩 *家 Copyright 知風 2007-01-11 02:49:20
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