異国へ続くロッカー。
もののあはれ

終業時間後。

作業服を着替える為にロッカーを開けると。
そこは異国であった。
しかも見るからにガラの悪い連中が。
こちらを指差して訳の分らない言葉を発していたので。
なんだかとても恐ろしい気持ちになり。
慌てて扉を閉めるとそれは先輩のロッカーであった。
間違いで良かったと何故かほっとして。
今度は自分のロッカーをガチャリと開けると。
そこもまたさっきの異国であった。
しかもガラの悪い連中が更に数を増しこちらに近寄って来ていた。
手には各々、ナイフみたいなものや鉄パイプみたいなものを。
ガッチリと握り締めてはこちらににじり寄って来たのだった。
僕はゾッと血の気が引いて叩きつける様に扉を閉めた。

『なんだなんだなんなんだ!』

そんな事はありえないと思いつつも。
連中が何故だかかなり怒り心頭だった様子からも。
とても再び扉を開けれたものではないと。
僕の心の声が警鐘を鳴らす様にそう告げていた。

『ようどうした!』

声の主は僕が間違えて開けたロッカーを使用している張本人。
三つ年上である先輩が妙に嬉しそうに声をかけて来た。

『い、いや別に何でもないです。』

あからさまにギクッとしてしまい驚きは隠せなかったが。
僕は頭がおかしいと思われたくなかったので。
今見た事実を話す事はしなかった。
すると先輩はやおら自分のロッカーをガチャリと開いた。

『あ!』

僕は叫びそうになるのを辛うじて堪えた。
しかし先輩のロッカーの中は異国では無く。
ガラの悪い連中も勿論いない。
ごく普通のロッカーに戻っていた。

『いやあ久しぶりだなあ私服で帰るのは。』

先輩はニヤニヤと聞こえよがしに呟くと。
颯爽と着替えを終えロッカールームを後にした。

『そういうことか!』

僕の頭の中でグルグルと正解が導き出された。
何故先輩はあんなに嬉しそうに話しかけてきたのか。
何故ニヤニヤと聞こえよがしに着替える事を喜んだのか。
何故先輩は作業服で通勤しあえてロッカーを使わなかったのか。

『やられた。』

僕はすっかりロッカーの仕組みを理解した。
そしていずれ誰かが今日のお間抜けな僕の様に。
このロッカーを自分のロッカーと間違い。
開けてくれる日が来るものだろうかと。
あの恐ろしい連中を
自分のロッカーに引き寄せてくれるのだろうかと。
文字通りこうべをダラリと垂れながら。
異国へ続くロッカーを呆然と眺め。
夢想するより他に為す術は無かった。


散文(批評随筆小説等) 異国へ続くロッカー。 Copyright もののあはれ 2007-01-10 19:57:09
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