暮れかかる大塚駅が
nm6

靴屋がパラダイスだというので白熱灯に照らされる店員のおばさんを眺めている。ステレオタイプな課長は眼鏡を拭きながら鳴る携帯を落として申し訳ありません大変申し訳ありません。スターバックスラテのショートサイズ、フォー・ヒア。フォー・ヒア。コーヒー豆がマシーンにセットされる音が雨になって降り積もる春の果てしなくなまぬるい夕暮れ。


必要なのは、ここから飛び出す方法だ。


ぶら下がる街灯が髑髏のような果物で下向きに投げ出された恋文。空の青は照明に吸い込まれて短針の速度でグレーになる。棒状の駅。歩く人々は皆フランチャイズなスマイルで脂ぎった喧騒からしんとした道へ抜けていく。フォー・ヒア、ショートソイココ。フォー・ヒア。ひときわ美しく走り抜ける山手線のつり革が錆びついた鉄塔をライトアップする夕暮れ。


飲み終わったコーヒーが点線で取り囲む。
並ぶアルファベットにバランスを崩す。




靴屋がパラダイスだというので、
ぶら下がる街灯が髑髏のような果物で、
ひときわ美しく走り抜ける山手線のつり革が、
コーヒー豆がマシーンにセットされる音が、


ザア
ザア
ザア
ザア
  音、
    光、
      人、
        人、
         人。




忘れないうちに。
今この街で、起こっているすべてのことを。
ことばにするよりもきっと、笑っているほうが楽しい。




パラダイスという名の靴屋の白熱灯に照らされるおばさんが風向きを読む。明日は晴れる。ステレオタイプな課長は眼鏡をかけて胸元から取り出した煙草に火を点す。ショート・キャラメルマキアート、フォー・ヒア。フォー・ヒア。コーヒー豆がマシーンにセットされる音が雨になって降り積もる春に果てしなくなまぬるく暮れかかる、大塚駅のすべて。フォー・ヒア。


自由詩 暮れかかる大塚駅が Copyright nm6 2004-04-05 18:30:38
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