夜にかけた梯子
しめじ

暮れてゆく空に
消えていった電車
曲がり角の先にある想像上の一点を
祈るようにして見つめていた
街外れの鉄塔が夕日に照らされている
灰まみれの外壁を見つめたまま
歳の瀬はやってきて風と一緒に海へ帰る

太陽の余韻を飲み込んで
ゆっくりと空の質量が変化していく

「行かなくちゃ」

行き先も告げずに消えた君
耳を削ぐような冷たい風に乗った
髪の香りを思い出せない
そして太陽は止めを刺された

夜と言う名の雪が降り積もり
今年最後の月は蛍光灯塗れだ
人口の夜が始まって
聞こえてくる賑やかな家族の声
逃げるようにして電車に駆け乗る
目的地が必要なのではなく
ただ身体を運搬してほしかったのだ

外套の襟を立てたところで
胸の陰圧が水を欲してやまない
車窓から見える海を全て飲み込もうと
身体が激しく脈打ち
ぐるんと裏返しになる
むき出しになる心臓
干からびたパプリカに似た心は
座席に放り出されたまま無意味に移動を続ける
時計は既に止まっていた

老朽化した梵鐘が砕け散った
最期の音が鳴らされたのだ
川が海へと流れるように
鐘の音は全ての夜へ
人間の夜へと消えていった
虚ろな心臓は耐え切れずに
肉の皮を再び被った
アルクホールが喉を焼く
動きだした分針が夜を追い出し始める

空が陣痛で真っ赤に染まる
日の光が誕生するのだ
そして無常にも
新しい日を生み出す
あんなにも優しかった夜の青さと絶縁して
新しい年が始まる

胸に空いたトンネル
覗き込んだ先に映る
夕暮れに消えた電車
窓の外には
太平洋から昇る日の光

胸骨を叩いて肉を無理やり伸ばす
空ろな身体に痛覚はない
塞がれた穴の中には
新しい日の光
新しい人になるのだ
新しい夜を手に入れる
新しい人に

新しい夜を生む
太陽になるのだ


自由詩 夜にかけた梯子 Copyright しめじ 2007-01-07 22:48:53
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