トーマス
ごまたれ

職場にとても変わった人が入社してきた。
出張者の手配をする仕事。
ひたすらJRや飛行機の発券をする仕事。

そして彼女は
聞いてもないことをよく言ってくる。

「わたし、電車が大好きなんです。」

トーマス。
一週間もしないうちにそんなあだ名がついた。


「わたし、ピンクが好きなんです。」

その大きな声は食堂に響き渡った。
とかしたことが無さそうな髪型と
化粧もしたことがないようなその顔からは
少し、言葉を詰まらせられた。
何か答えようとした頃にはもう
満足そうに蕎麦をすすっていた。

トーマスはおばさまたちに目をつけられた。

人の目を見て話さない、
汚らしい、
笑い声が耳障り、
遅刻する。
どっちにもつけないあたしは
真ん中で見守るしかなかった。

やがて
トーマスの口はへの字に曲がっていった。


給湯室でお茶を飲んでいたら
トーマスが来た。
あたしを見るなり 今度は旦那の話しをしてきた。

「旦那とは出会い系で知り合ったんです。」

お茶を吹き出したあたしを無視して
漫画の少女のような顔つきで
またもや勝手になれそめを話し始めた。

高収入、高学歴、高身長は必須条件。
検索でひっかかったのがその旦那(のみ)。
3回目に会ったときに二人で結婚をきめた。

その話は社内に広がった。
もちろん、おばさま達はその餌に食いついた。

聞こえているトーマスは
だんだん下しか向かなくなっていった。


おばさんたちは、忘年会の出欠票を
トーマスに回さなかった。
気づいていたトーマスは
自分の周りを回る出欠票を
目がひっくり返りそうなぐらいの横目で眺めていた。

あたしが喫煙室にいったら、
タバコを吸わないトーマスが座って待っていた。

忘年会に行きたいんです。
なんて言えば あたしもいけるんでしょうか。
でも、おばさんたちが怖いんです。

トーマスは、はらはらと涙をこぼした。
やがて、目の下が真っ黒になった。
何も言えないあたしはぼんやりと 
マスカラぐらいはしてたのね、と思った。



忘年会当日、彼女は誰よりも早く店に到着していた。
そして誰よりも派手なピンクの服を着ていた。
文句を言われるよりも早く泥酔し、
大きな声で聞いてもいない旦那とのなれそめを話す。

よく来たなぁと遠巻きにそれを見ていたあたしに
トーマスは気づいた。

そして満面の笑みで
ビール瓶を掲げて
あたしにウィンクをした。

思わず、あたしは笑った。

トーマス、
あたし あんたが好きだ。


自由詩 トーマス Copyright ごまたれ 2007-01-07 21:42:36縦
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