異常な時代に抗する言葉/岡部淳太郎
 
以下の方がこの文書を「良い」と認めました。
- 安部行人 
- 石川和広 
- 恋月 ぴの 
難しい話ですね。おっしゃている事は「今の若いやつは」と
年寄りが嘆いているのと一緒だと思いますよ。
異常だ、異常だとお嘆きのうらには「まとも」の定義を
お持ちのことと思いますが、
人類史上今だかつてマトモっだ時代があるのでしょうか?
また、御説にはどんな世界が「まとも」なのか、「まともな
世界とはかくあるべき」というビジョンが示されていません。
平たく言えば、埼玉新都心(秦野市にお住まいのようなので
ご存知ないと思いますが)の殺風景なイミテーションのような
都市が「まとも」なのか、Yockの愛する「新宿」の雑然さが
「まとも」なのかが問題です。
おっしゃている犯罪にしても、じゃあ、19世紀、20世紀には
性犯罪はなかったのか?殺人事件はなかったのか?

いずれにしても、
①まともな世界とは具体的にどんな世界のことなのか?
②そして、それは万人に受け入れられるのか?
③詩を作るものが、お説の通り詩作に励んだとして、それで
 お説のまともな世界になるのか?

ただ、詩とは如何に有るべきかとの趣旨については異論が
無いわけで、良いと評価しました。

↓作者のコメントを読んで、ふ〜んってのが正直な感想です。
楔を打ち込むってことは、意思のベクトルが定まっていなければ
楔の打ち様が無いと思いますよ。

まとめると
「手段」があっても「目的」は無し
こう思えてなりません。

(((一晩空けて)))
ちょっと感情的になったかも知れません。この点については
正直に謝ります。「ごめんなさい」
でも、落合さんのコメントのように一刀両断されている点に
感情的になったというか、強い信念思想をお持ちかなと思った
だけです。
いずれにしても、詩に対する思い入れの強さは充分感じましたし、
詩の可能性を信じしている点も感心はしました。
夏の夜に一石投じた点よかったかも知れません。
- いとう 
異常かどうかの基準も時代によって流れるのではあるけれど。
たとえばセクハラもストーキングも、昔から存在はしていた。
ただ言葉がなかっただけだ。
- 服部 剛 
深く共感しました。
「21世紀という時代の荒地」に
どのような想いをこめて詩の言葉を綴るべきか考えたいです。 
- 太郎冠者 
私はこの文章を詩と政治の問題として読みました。勿論矮小化された政治ではありません。
- あおば 
今は1970年頃からの日本列島温室化がもたらした、幸せな時代なのでしょうが、温室を化石燃料で維持するのも金が掛かるので破綻しそうな雲行きです。だから攻めて破綻する詩を書きたいと思っております。
- 青色銀河団 
- 山内緋呂子 
- たりぽん(大理 奔) 
異常というならば、人間という生き物自体が異常そのものなので「異常な時代」というよりも「人間の異常さに気付いたわたし」という感じを受けました。ま、異常と叫ぶ人間が一番異常なのだろうとわたしは思う、つまりわたしも異常ということで一票。

追加:異常さが隠されていたかどうかは歴史をひもとけば「隠れていなかった」ことが明らかじゃないかな。より広く世界や自分の知らなかった世界の出来事を知ることの出来る世界になった=気づき、であって、隠されていたのではない。知らなかっただけだと思うのですよ。いまもっとすごい異常なことがどこかで起こっていても気付かないのは、きっと知る術がないだけです。

更に追加:知る術がないということと隠されていたということは同義、ではなく結果と原因ですよね。隠されていなくても知ることが出来ないことは有るわけ。まあ、このあたりは話が拡散してしまうので「詩」のなかで示すのが私のすることなのでしょう。これは宿題。ひとつだけ言えるのは「異常(な時代)」を叫べる人は、その根拠となる「正常(な時代)」を普遍的ものとして存在すると思いこんでいる、というところが「異常」だと思うんですね。今がほんとうに異常な(時代)のかの検証をきちんと提示しないで言い切る事が出来る異常さ。それは人間誰もが持っている思いこみの異常さではないでしょうか。ま、その異常さがいいですね。
私が生きていくために、私の知らないところで多くの人が死んだり苦しんだり傷ついているかも知れない。それを知る、または想像力を働かせながらそうかも知れないと仮定する。それは私にとっても苦しいし居心地が悪い。でも、だからこそ生きていこうと。生きていくというのはそうやって背負うことなのかなと、最近思ったりしています。最後は雑談でした。これにて投了。
- 落合朱美 
現代が個人主義の時代であるならば
詩も個人がそれぞれに想いがあって書くものなのだから
ただ楽しむのも、綺麗な抒情詩も、定型詩もまた「個」なのではないかしら。
それらを一括りに「逃げ」と言ってしまうのは短絡的なのではないかしら。
文章の前半部分と荒廃した時代に対峙する詩書きとしての視点や
ご自身の目標とされるところには大いにうなずけるものがありました。
が、それを安易な否定の上に立たせてしまったのは残念。
- かおる 
- Fujiwara Aki 
- つきのいし. 
- ふるる 
異常とは違うのですが、「今までのルールが通用しない変換期に来ている」というような気がしています。
- 窪ワタル 
同意できる点も出来ない点もありますが、一つの見方として興味深く拝見しました。
- 大村 浩一 
- 久米一晃 
- 銀猫 
ご意見には共感出来ないところもありましたが、
>手で掴めばその重量が伝わるような言葉、
>そんな言葉で詩を書きたい。
この思いには頷くばかりです。
- 前田ふむふむ 
- るるりら 
 
作者より:
いまの僕はまだそんな言葉を書き切れてはいません。
少しずつ近づいていければと思っています。

安部行人さん、
石川和広さん、
青色銀河団さん、
山内緋呂子さん、
麻野梵四郎!さん、
かおるさん、
αさん、
Fujiwara Akiさん、
つきのいしさん、
輝良さん、
藍露さん、
ありがとうございます。

>Yockさん、

おっしゃることは確かに正論ですが、でも、そういう言い方をしてしまったら身も蓋も
ない、という感じはします。この、現代を異常な時代であるとする感覚は、僕が若い頃
(20年ぐらい前まで)と比較してみた僕の実感です。また、この実感がある程度の普
遍性を持ったものであるということに対して、僕は疑いを抱いてはいません。何の根拠
もありませんが、何か空気感覚のようなもので、そう感じ取れるような気がします。
詩人が生きている時代はいつでも苦難の時代だと、ギンズバーグの詩を翻訳した諏訪優
が書いていました。かなりうろ覚えですが。それに僕のこの小文の趣旨は、まず現代を
異常な時代であるとして、その時代の中でいかに言葉を書きつづってゆくかにあり、異
常な時代をまともにするにはどうすればいいのかなどは、最初から問うてはいません。
また、それは僕でなくても誰にとっても手に余る困難なことだと思います。ひとりの実
作者の決意表明として読んでいただければ幸いです。
ちなみに、秦野市も僕が仕事で通っている厚木市も、駅前あたりはかなり治安が悪くな
ってきています。新宿やさいたま市の比ではないでしょうが。
>再びYockさん、

随分ときついことを言いますね。
ただ、どうしてこの文章の前半部分にこんなにひっかかっておられるのか、よくわかり
ません。確かにこの文章は曖昧すぎるところがあるかもしれませんが、現代が異常な時
代であるというのは僕の直観で、僕はそれを頼りに生きてきたので、自分の直観を信じ
ていますし、自分の考えを曲げたくはありません。
>再びYockさん、

んんー。あやまられるとかえって申し訳ないような・・・
そうですね。信念。僕は何かにつけいちいち信念というか、自分の考えを持っている頑
固者です。

>いとうさん、

そういう現象が誰の目にもわかりやすい形で現前化してきているために、それを言い表
す言葉が必要になったのではないかと思います。現象が現前化してきているということ
自体が、異常さのひとつの表れと見ることも出来るのではないかと思います。

>服部 剛さん、

そうですね。時代と無関係に詩を書くことは誰も出来ないと思います。この時代によっ
て育まれて、この時代の良きところも悪いところも目に入ってしまうからこそ、時代を
意識した詩作が必要になってくるのではないかと思います。

>太郎冠者さん、

おっしゃることは何となくですが、わかるような気がします。矮小化された政治だっ
たら、それこそ昔のプロレタリア文学みたいになってしまうと思います。

>あおばさん、

あえて破綻するのも時には必要ですよね。

>ためいきさん、

それは僕も時々思います。詩に縁のない人に読んでもらいたいな、と。
でも、詩人っていってもただ鼻で笑われるだけですからね。難しいです。
>再びためいきさん、

その逆も確かにありますが、なんか馬鹿にされてる感じが強いような・・・ 被害妄想だと
は思いますが。
もちろん、無意識のうちに詩に縁のない人を馬鹿にしてしまうようなところは、僕自身
ないとはいえません。自分を戒めなきゃな、とは思いますが。

>たりぽんさん、

うーん、人間そのものが異常だというのは、わかるような気もしますが、むしろ隠れて
いた異常さがあらわになったというか。
>再びたりぽんさん、

ちょっと議論が込み入ってきて、頭が混乱してきましたが、知る術がないというのも、
隠されていたということと同義にはならないでしょうか?話を整理してもっと詳しく書
いてもらえば、もっとまともなコメントが返せるかとは思いますが。すみません。
>再びたりぽんさん、

僕は自分で思っている以上にモラリストなのかもしれません。どういう状態が正常なの
かというのは僕にもわかりませんが、やはり何かたがが外れているという感じはします。
そこから異常な時代だという認識が出てくるのかなと、自分では思ったり。Yockさんへ
のコメントでも書きましたが、僕は本当に直観に頼っているところがあります。その
直観を論理的に説明することは出来ないから、自分でもいらいらするのですが。

>佑也さん、

うん、まあ、意味もそれなりに大切だと思いますけどね。

>落合朱美さん、

こちらの意図がうまく伝わっていないようなので補足します。
何も僕は綺麗な抒情詩や定型詩を全面否定しているわけではありません。もともと「何
でもあり」なところが詩の面白さの核心だと思っているので。実際、そうした詩にも少
なからずポイントを入れていますし、自分でも書こうと試みたこともあります。ただ、
時代の状況に立ち向かうには綺麗な抒情詩や定型詩では駄目なんじゃないかという思い
があり、自分が詩を書くにあたっては、そういう類の詩を書くのは出来れば避けたい、
と思っています。つまり、この文章での「逃げ」というのは自らの詩作に対する戒めと
いった意味合いが強く、そういう類の詩を書いている人たちのことを指しているわけで
はありません。そういう詩を書きたい人は書きつづければいいと思っていますし、他人
の詩作の根幹に関わるところまでいちいち口を出せるはずもありません。そのことはこ
の文章の中でも言ってあるはずなのですが、僕の文章が下手くそなためにあらぬ誤解を
招いてしまったのではないかと思っています。

>Nizzzyさん、

世界の複雑さをそのまま描くというのが、僕もやってみたいんですよね。他ならぬ「詩」
という手段を使って。でも、その道のりはまだまだ遠そうです。

>ふるるさん、

そうですね。それはたしかにあると思います。

>窪ワタルさん、

ありがとうございます。

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