作者より:
足立らどみさん、「敷居の低い家族」という言葉への違和感、とてもよく分かります。私自身も、詩の場が馴れ合いや内輪の安心に閉じてしまうことには、常に警戒しています。ただ一方で、ハイデッガーが「詩は存在の住む家だ」と言ったように、詩には、評価や同意の前に、存在そのものが一時的に身を置ける場所をつくる力があるとも思っています。それは「家族」ではなく、もっと仮設的で、出入り自由で、それぞれが孤独のまま立っていられる場所なのかもしれません。詩とは何か、という問いが広がっていく感覚も、私自身ずっと抱えています。その揺らぎの中で、言葉がどこまで人の存在に触れうるのかを、書きながら探しているのだと思います。