作者より:
洗貝新さん りつさん リリーさん
先日はアドバイスどうもありがとうございました。
活かしきれてない、至らないところはあると思いますが、大目に見ていただけたら幸いです。
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洗貝新さん コメントありがとうございます。
受け取り手によってはこういう解釈もされるのだと正直驚きつつ、深く考えてくださり感謝しております。
シャボン玉、というワードを出したのは、単に「きれいで、儚く、軽いもの」だからです。
胸につかえているというのは、「胸に秘めている」だと外に出しづらいイメージがあり
「心のシャボン玉」だと発語すること、声を出す部分から遠く感じてしまい、
簡単にいえば空気が食道のあたりに入っている感じです。(ゲップみたいな感じですね)
それが出そうで出ないという、もどかしさと
語り手は何も嫌気などさしておらず、むしろ誰かとのコミュニケーションを求めています。
それがお決まりの挨拶以上、重い話未満というところから
シャボン玉だと軽いイメージだからどうかな?と思ったのです。
普段、特段誰とも喋ることのなく「秘めている」だと言葉として息に乗せられないまま
終わりそうな主人公に
あと一息の勇気と、割れてもいい、壊れてもいいよというシャボン玉を
マッチさせてみた・・・というのがわたしなりのメッセージです。
なので、少しの勇気として胸から吐いて(吹いて)、一日振り返ったときに
無言でいなかったな、と自身に思い起こせたら(大きな一歩になる場合もあるのではないか?)いいなという思いから、この詩を作りました。
わたし自身、幼い頃場面緘黙症だったので、思ってても言葉が出ないという
もどかしさがあり、それもベースにしているかも知れません。
洗貝さんの受け取り方も大変勉強になりました。
わたしの解説にご納得いかなければそれはわたしの力量不足です。
ありがとうございます。
>推敲改訂されたのですね。
>ところで、フウさん、これね、胸につかえるシャボン玉、ってすごく異様でおもしろい表現だとは思う。なんだろう?って思ってしまいますよね。胸につかえるシャボン玉って、なんでシャボン玉なんだろう?とか、胸につかえる、の意とか、当然解釈を要求されるわけです。
>読めば、お決まりの挨拶とか、世間話云々とか、ああ、語り手は日常の煩わしさに嫌気が指してるんだな。ていうのがわかります。この煩わしさとシャボン玉の関係を読み手にどういう反応で求めるのか。もちろんシュールな位置づけでもいいんだけど、この語りに作りではシュールとしての位置づけは難しい。
>なので、このシャボン玉の意味をしっかりと作者は認識しておく必要がありますよね。
>例えば、ですよ。シャボン玉を透して何が見えるのか、なんの思いが込められているの
>か、等々。
>たぶんね、僕が思うに、こんな煩わしい状況の中でも空気の塊のような、第三者的な位置>づけから眺めることができたらな、っていう願望のようなものを指しているんじゃないかな、って思うのね。
>とすれば、とすればですよ。
>胸につかえるシャボン玉の、胸との直接的な言葉の関係はつり合いが取れなくなってくる。
>シャボン玉はシャボン玉として、胸とは切り離された願望としての透明な立場で感覚に置かれ、
>胸につかえるのは、その願望を掴みきれない状況の腹立たしさを表現してみては如何だろうか?
>それは時間でもいいし、語り手の本当にやりたい仕事とか、将来の夢でも、
>と、そんな風にわたくし思った次第なのですが、ああ汗が痒い、一服したらシャワーいきますよ。
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(ツヨクナール・・・)
atsuchan69さん いつも読んでくださってありがとうございます。
本田憲嵩さん いつも読んでくださってありがとうございます。