作者より:
ひだかたけし様:コメントといいねありがとうございます。
天才や才能という言葉に人は惹かれますよね。秀でているというイメージがありますから。
精神的に物質社会における合理性やあらゆる雑念から自由な部分を持っている。多少は侵されているとしても。そういうところに天才がある気がします。
>人存在までが労働力消費消耗商品とされている、
この徹底的唯物的な根本的社会動因価値、
この価値観を変えていく才能
これは自ら能動的に努め開発していくしかない、
と今に至って僕には想われます。
それを変えようとするのは大変なことだと思います。これを変えたいと思うそこがあるかどうかはとても大切ですね。私の知り合いに人民が奴隷になり支配されても平和な人生を謳歌出来ればそれでいいじゃないかと言った物事の本質の前提を取り違えている大変学歴的にはエリートのお方がおりました。
私の場合は、大規模な革命は考えていなくて、小規模コミュニテイの中でそれを復活させたい守りたいみたいな考えを持っています。
>要は、
自らの人意識と云うものの受動性を先ず認識すること
(外的感覚刺激無く自らの内から表象イメージを創り出すことの不可能性を認識すること)から始めること
では、と。〇
外側で起きた現象を通し、人はアイデアを閃きますよね。やはり観察すること、受け手として一流であることが一番ですかね。