作者より:
りゅうさん さま
鵜飼千代子 さま
道草次郎 さま
ネン さま
皆様のおすすめリストに御加え頂きありがとうございます。
数十年前の話です。わたしの、当時悪徳調理師だった弟が、ある飲食店のオーナーから「仕事やめるから店を貰ってくれ」と云われたのでした。
「金も要らん、全部そっくりやる。好きな店にして良いから」
調理師資格を持っており、何件かの飲食店を渡り歩いていましたが、「いずれ自分の店を」などと云う野心もなかった弟としては、「まあ、やっても良いかな」くらいの気持ちで、「あ、じゃあ貰います」と云ったそうです。但し奇妙な条件と云うか、要望がそのオーナーにはあって、「レシピを教えるから絶対カルボナーラだけはメニューから外さないで作り続けてほしい」と云う。「それだけ守れば、店、オレにくれるんスか?」「ああ」
相手の意図と云うものを全く尋ねないまま、斯くして弟は店を獲得し、田舎の商店街に「サイケデリックトランスバー・幻」が開店しました。訪ねてみると、ブラックライトの中トランステクノが鳴り響き、髪を金髪にし、眉を剃り落とした弟が独りしかめ面でDJにでもなったつもりでツマミやらフェーダーを操作していました。
「あ、なんか飲むー?」
「え? 客なんて来ねーよ。一人来たなー、知り合いが」
「だからー、ちょっとやってみたかっただけだしー」
「いつやめよーかな、オレも」
と、まるでやる気のない発言しかしない弟から、わたしは店を貰った経緯とカルボナーラのレシピを聞かされたわけでした。程なく、一年足らずで店を畳んだ弟は知り合い連中から「お店、本当にまぼろしになっちゃたねー」と云われたそうです。
---2021/04/21 19:12追記---