自らの内の無詩の子ども、ら が/破壊をくりかえす、ものを/水菜
 
以下の方がこの文書を「良い」と認めました。
- たこすけ 
---2018/03/12 08:36追記---
スマホの液晶を横長にして
この詩のフォルムを眺めたとき。

煙のように立ち上る姿が見えてきました。
それは歌声のようにだんだんと響く景色や
言葉たちや作者がらららと歌声にかわりゆく想いなのかもしれません

反対から、つまり詩の終わりから読んでみる。
煙ならば、その煙をおこす火。
そんな風に考えると、この詩の終わりから読むことは始まりから読むことになる。そして、歌声に 歌声も声質が途中で変化を遂げてる 別の人間が歌い繋げてゆく様かもしれない
そして、詩とは自分のことに密接するから
詩を私としてみよう。

無詩は無私だ。
ただ、いかんせん無私にたいしての勉強はしてこなかったのでここまでになってしまう。
ただ、題名の破壊への解釈は少しおいておこう。



様々な言葉たちが歌声へかわるとき
ちは、 いのちとなってたちのぼる
たったそれだけで
だんだんと「私」はきえてゆく
けれど、詩はくっきりと
あらわれてゆく
だろうなぁと
私の勘は
告げる


なぁんてね。物凄い拡大解釈だけど。好きだなぁ。


---2018/03/12 08:57追記---
 
作者より:
たこすけ 様、

ため息の出るほどに、美しい言葉の流れ、連なりに、
見惚れてしまい、言葉をわすれてしまえて、

もう少し、満足のゆくまで、眺めさせてくださいませ。

そうして、詩の言葉に浸りながら、ゆっくり味わいながら、

返信したく思います。

美しいお言葉に、先に感謝の言葉を

失礼致します。

水菜

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