【HHM2参加作品】「沈黙」を聞き、「いま」を読む — 縞田みやぎさんの「春に寄せて」/N.K.
 
以下の方がこの文書を「良い」と認めました。
- るるりら 
- 澤あづさ 
この詩からエリオット『荒地』を想起するという非教条的な読解が、なぜ起こったのかという点が興味深く読まれました。エリオットの扱いが多すぎて、肝心の読解対象がいささか食われているような印象は否めないものの、読解対象への敬意と愛情が感じられて心地好いです。
- 深水遊脚 
 私は対象作品にうまく向き合うことができませんでした。何もできない、しようとしない、そんな私を見透かされたようで、後ろめたさだけが募るようでした。いま対象作品を見ても「それみたことか」と言われているようで。ですので、豊かな沈黙を見出だし、詩的に広げてくださったこの批評を読めてよかったです。震災の夜の回想は、関西在住のためリアルに体験していない私にとって貴重な記録です。小池さんのことも懐かしく思い出します。
 
作者より:
これを書くにあたり、詩を書いたご本人の許可をいただいておりません。
このことは、言っておかなければなりませんでした。
はるりら様、お目にとめていただきありがとうございました。 
澤あづさ様、お目にとめていただきありがとうございました。
 「春に寄せて」も「荒地」も、こう言ってよければ、(荒地についてよく言われるとこ
ろの)「死と再生」をテーマで扱っていると思われたのが、この二つの詩を取り上げた理
由です。(こうまとめてしまうこと自体に、無論、抵抗を覚えますが。)しかし、「再
生」については、「無意識の世界」よりも「花を育てること」のほうにリアリティを感じ
ています。こういったことが、ご質問に対する、自分なりの理由になるかと思います。 
---2014/03/28 21:57追記---
深水遊脚様、お目にとめていただきありがとうございました。
自分に対する無力感は、実際、自分自身感じているところです。その感情が基礎にあるの
で、「応えたい」と思うんです。相手のために本当になっているのかとか、考えなければ
ならないようにも思うのですが、この詩には、そのことを置いといても、まず応えなえれ
ばと思わせる、切迫感というか、そのように感じさせる力があるように、自分としては、
思われました。的外れな応えでも、とにかく応えて、そこからからはじまる、コミュニケ
ーションがあってもいいのではないかと、本当に勝手ながらですが、自分に思わせる力が
この詩から感じられたように思います。
---2014/03/31 00:53追記---

訂正履歴:
へんてこなところなど語句訂正しました。14-3-25 19:14

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