造花の詩/ただのみきや
鵜飼千代子さんのコメント
昭和の内職というと「造花作り」はよく知られていますが、ガチャガチャのポンポン人形作りや電子部品で板にチップを差し込む仕事などもありました。祖母は愛知という内職が盛んな県で生涯を終えたのですが、兼業農家で、ハンテンをミシンで縫う内職をしていました。いまでも、子供用から大人用まで、内職の余り布で祖母が作って贈ってくれたハンテンがあります。小学生の頃、ガチャガチャのポンポン人形を内職している友達のお母さんがいて、ひとつプレゼントしてもらったのですが、すごく嬉しかった。それで、最近といっても7、8年前。11歳離れた二人目の子供が生まれ身動きがとれなくなり、憧れていた内職の仕事を探したのです。見つけたのが、靴下に蝶々結びのリボンを縫い付ける仕事。キッズのブランド靴下だったのかな?なれないこともあり、芸術作品のようにリボンを蝶々結びにし、靴下に縫い付けるのですが時給に換算すると2、300円。一回で脱落しました。データ入力の内職の方がまだまし。内職は、自分の空いている時間全部使わないと、お金にならないからね。外に働きに出た方が切り替えが出来て自分の時間が出来ます。でね、造花の内職をしていた当人よりも、それを見て育った家族の方が胸を痛めるかもしれませんね。なぜそんなことを考えたかというと、東南アジアで、エビの養殖で生計をたてている家庭の子供が日本に留学して、パーティーで残されるエビを見て心を痛めたという記事を以前読んだことがあったからです。自分たちはなかなか食べることが出来ない「日本で喜ばれるエビ」と親が大変な思いをして育てている「日本で認められているエビ」の姿が、パーティーで食べ残されるそれだったというものなのですが、考えさせられました。

昔は造花は「生花」より貴重だったのかもしれません。手をかけなくてもいつまでも綺麗だから。

今は、お祝いで贈られる鉢植えの胡蝶蘭やシンビジュームなども花が終われば、経年で日焼けし埃をかぶった造花同様に、捨てられているのでしょう。生き物はどうしても花期が短くなるし、「育てるのが大変だから高価な花」は、次の花を素人が咲かせるのは難しいです。好きな人や、喜んで引き取ってくれる人とツテのある人に贈られたお祝いの鉢花は幸せですね。長くなりました。