通俗小説  暗殺の血/室町 礼
atsuchan69さんのコメント
 貴作「暗殺の血」を拝読し、感銘を受けました。特高課長・毛利基の貧農出身のざらついた内面描写が秀逸で、タキとの心理戦が革命の理想と現実の狭間を鮮やかに浮かび上がらせます。「蟹工船」の社会渦が背景にあり、「つづく」のクライマックスが待ち遠しいです。一条家のエピソードは、大正デモクラシーの複雑さを体現。上流階級の学生が「今上陛下の親戚筋」ゆえ釈放圧力をかける描写は、近衛文麿がワイルドの「社会主義論」を『新思潮』に発表した史実を彷彿とさせます。帝大卒の御曹司たちが社会主義に傾倒しつつ、「社会主義者だが天皇制に背かぬ」との呪文で特高をくぐり抜けた実態、ゾルゲ事件での西園寺公一のような関与が、毛利の苛立ちに重なり、階級的特権のジレンマを痛切に表現しています。僭越ながら、特高課長・毛利の貧しい出自に「毛利」という由緒正しい名字がやや不自然に感じました。佐藤もしくは田中のような庶民名のほうがリアリティが増すのでは‥‥とも感じましたが、意図的な選択なら、名門の影を忍ばせた妙味です。ご活躍をお祈りします。