顏もないのに笑ってやがる/ただのみきや
アラガイsさんのコメント
酷いタイトルですね。吐き捨てられたような美しくはないタイトルです。「顔もないのに笑ってやがる」 とはどういうことでしょうか。ちょっと紐解いてみましょう。顔がないのに笑えるとは、口もないのに笑ってることになる。つまりこのタイトルからはメタを含ませた有り様のない何かを探りあてなければいけない。それは何に向けられているのか。携帯からなので細かく文を抜き出して解説はしませんが、そのヒントになる言葉は書かれてあると思う。。読めばたっぷりと空けられた間の中で、かなり烈々と呪うような語りが二行編成で置かれている。(おまえもおんなじ 襤褸だねえ ) (おれ一人 八つ裂きにして) ここから読み取れるのは、この怨嗟を語る自身(俺)の言葉たちが誰に向けられているのかと云うこと。上記された(おまえも…)とは一体誰を指すのだろうか。見渡せば自分の他に誰かを指示するように描かれてはいない。(空一枚 鉤裂きにして)( カモメになれず…失速した祈り紙飛行機 )(月のように… 秋は風と光でできた女…詫びも錆びもしない… )これら眼にするものは否定され、音や季節といった感覚は月や女に喩えられている。強い響きは反発を促すように自然の風景やモノに向けられています。
つまり「顔もないのに笑ってやがる」とは、人の顔でもないのに常に表情を変え、我々を自身を慰安へと導く存在である自然の営み。鏡のように自身の気持ちをも反映してしまうこの自然に対して、どこにも吐き捨てられない苛立ちをぶつけているのです。このように考えてみるとタイトルの「顔もないのに笑ってやがる」けっして美しくはないが、ただ醜いとも思えない。と、言えるのではないでしょうか。
しかし、深読みにしてもこうして意味を拾い読んでいくと大抵わるい詩には読めなくなるから詩は不思議です。思い込みとは故に怖い(笑)拙にて失礼いたしました 。


曖昧箇所再訂正あり

※面倒だけど画面に切り替えるべきかな。ガラケーからの書き込みはこれだからやだ´`。。たぶんこれからも。長文のレスは見逃してやってください。追記…脱字修正 。