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沈丁花の、
高音域の匂いがした
夜半から降り出した雨に
気づくものはなく
ひたひたと地面に染み
羊水となって桜を産む
きっと
そこには寂しい幽霊がいる
咲いてしまっ ....
白梅も微睡む夜明けに
あなたしか呼ばない呼びかたの、
わたしの名前が
幾度も鼓膜を揺さぶる
それは
何処か黄昏色を、
かなしみの予感を引き寄せるようで
嗚咽が止まらず
あなた、との ....
あの日の高い空と
りんどうの青むらさきを覚えている
明日からのひとりを
蜜のような孤独だと
わたしは微笑んでいたと思う
傍らの古いラジオが
虫の声のように囁き
夏色を少しずつ ....
響いているのは雨音
夜が深くなると
それはいつか
遠い海に似てさざめき
わたしは
波に洗われたひとつの貝を思う
ところどころが欠けた貝殻は
すこしの闇を内包しており
誕生からずっと ....
湿った夜の破片が
蝙蝠となって折れ線を描く
低く、低く
やがて来る、雨と
灰色の朝は
かなしい、という色に似ている
里山の懐に
ちいさく佇むそこ、は
永遠の黄昏に向かい旅立 ....
浴槽のなかで
泣くと
温まった頬よりもっと
熱いものが滑る
首筋をかすめて鎖骨へ
塩を含んだ水滴が落ちて
水に溶けてゆく
こうしていると
かなしみはまた
薄い皮膚を通 ....
硝子の風が
きりりと秋の粒子で
二の腕あたりをすり抜け
寂しい、に似た冷たさを残して行く
野原は
囀りをやめて
そうっと十月の衣で包まれている
わたしは
それを秋とは呼べず
....
スプーンの背で潰した苺から
紅が雲に届いて夕焼けになる
静まれ しずまれ
桧扇を広げて
漆黒がそこまで来ている
上着の釦をもうひとつ閉めて
心して迎えよ
静電気をちりち ....
背なか 背なか
もたれかかった珪藻土の壁には
真昼の温みが宿り
後ろから
春の衣をふうわり掛ける
あし
足もと
埃だらけのズックの下で
蒲公英は蹲り
カタバミが少し緑を思 ....
数学が苦手だって言うのに
もう少女ではないから
計算違いは許されない
髪を伸ばすこと
それは可能性
ダイエットコークの味を好きになること
それは目論み
統計では
きみの ....
春までの道のりを
手探りするきみの指で
うたは束の間、白く結晶する
凍れる河と
色褪せた山並みと
特急列車の行方を挟み
わたしの前で野分の一陣はわらう
今日も約束の書けぬ手紙 ....
幾重もの等圧線の下で
雪虫たちは急いて冬を配り
息を白くするあしたは
ドアの外で待っている
羽根のように
踊り
うたう
白のひとひらは冬の鱗
北のまちでは
夏の半分と
秋は ....
わたしの空より
青い青いその先に
あなたの見ている空がある
夏から二ヵ月毎のカレンダーを剥がして
こころの奥まで秋が染みた日
それぞれの手に触れる温もりは
少し哀しい距離感 ....
上りの通過列車が
雨上がりのプラットホームを過り
色褪せたベンチの水滴を
さらってゆく
少し欠けた白線と
凸凹黄色のタイルは
きっと黙って
それを見ている
プラットホー ....
わたし、という曲線を
無謀な指が
掌が
少しの優しさも無くなぞる
書院窓の向うでは
秋の長夜の鈴虫が
交尾の羽音で月の影絵を滲ませて
こっちにきて
こっちにきて、と ....
クラッシュアイスが
しゃらしゃらと音立て
ストローとしばしの戯れ
タイムカードから解放された
一本目のタバコは息継ぎ
白い灰皿に
二本目の吸い殻を押しつけるころ ....
仕事帰りの溜息と
一緒に開ける玄関に
がさりと音立てるチラシ広告に隠れて
茶封筒がひとつ
独りよがりな祈りを
天使は聞き届けてくれたらしく
それは
ご褒美のように
届い ....
眠りの森から
グリーンスリーヴスがきこえてる
泣きたいキモチも
重たいハナシも
今日のところはこれくらい
最後の章節終わる前には
カーテンを引いて
....