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◇寒い日
世界を圧縮したものが
新聞だ
さう信じてきた浮浪者が
新聞紙を丸めて火をつけた
世界よ
大きな顔をして
人を舐めるな
おまへは俺の手を
暖めることさへ ....
真夜中 岸辺に泳ぎ寄る魚は
不吉なほど黒い
昼の海からは
想像もできないほど大きく
ものものしい動きをする
これは
寝静まつた陸に
少女をさらひにきた悪魔の影だ
....
朝顔の 露に張りつめた花びらは
美しい
しかし 弄れば弄るほど萎れていく
ダイヤは研けば研くほど
耀きをます
あなたはどちらが真に
美しいと思ふだらう
いや 野暮な問ひは止め ....
それは自然のなせる業にはちがひないが
梢からまつすぐ
命中するやうに頭に降つてきた木の実
重たく硬い木の実
何か不当な打擲を受けたやうで
穏やかではなかつ ....
浴室に腰掛けて身体を洗っていると
虫の声が
地面を敷き詰めるように湧きあがって
ワッショイワッショイ
ジーンリージーンリー
私を神輿にかついでいるつもりらしいのだ
それならこちらも ....
街の猛犬が
路地猫を追ひかける
猫の尻尾に
口が届くばかりに接近した
その時
目の前を
轟然と特急電車がやつてきた
あはや犬は立止り
猫はそのまま行つた
犬の前を
唸 ....
落ち葉の中に
紛れ込んだスズメは
保護色の枯葉を
ホームグラウンドとして
はしやぎ回つてゐる
いくら喚いても
掻き鳴らされる
落ち葉の
大仰な音には
自分の声すら聞 ....
コンクリートの塀に
一匹の蝶が来て留る
この目の覚める艶やかさは
一体どこから来たのだ
これがこの世の反映だなんて
私は信じない
むしろこれは世にないものだ
....
街を歩いていると
仔猫が身をすり寄せてきて
〈子供にして下さい〉
と言った。
海岸を歩いていると
オットセイの子供が
海から這い出してきて
〈子供にして下さい〉
と言った。
....
笹薮の中の
一輪の百合よ
かぐはしくも
夢幻のやうにともつてゐる
白い灯よ
潤ひのない荒野に
花弁をひらく
おまへのその
ひそやかな立ち姿は ....
◇雁
ビルの間を
雁が渡る
窓からいくら叫んでも
届かない
天上の
賑はひをもつて
◇火口湖
火口湖に
白鳥がひとつ
燃えて ....
尾羽を風に吹かれて
鶴はどこまで歩いて行くのだらう
追ひ風に逆毛になつてゐるだけ
見栄えのいいものではない
貴婦人がふくらむスカートの裾を
気にする風情で
遠ざかつてい ....
カリヨンの音色に合はせて
鳩が飛出してくれば
その下にゐるものは
みたまを受けた
みたまを受ければ もうしめたもの
とこしへの命を嚥下したやうなものだから
金銭では買へな ....
大きな肉の塊をくすねてきて
食べ飽き まだ半分以上も残つてゐるとき
犬なら 空地へ引きずつて行つて
埋めておくが
猫は そこに放り出しておくだらう
無関心かといふと さうで ....
野辺のコスモスと
上を舞う鳶は
同じ風の中にいる
コスモスの花びらの反りと
鳶の羽の反りは
風向きのままに靡いて
一心同体
陽光の眩さにしかめる花の仕草も
鳶の眼の目くるめきも ....
蒸気機関車は白い煙を吐き
山間に入つて行つた
当初は白煙もにじみ
汽笛も木霊して
ああ あの辺りを喘いで行くな
と安心させたが
程なく それもなりを潜めて
山は静まり返り
もう蒸気 ....
深夜に
マリをつく者がゐる
深いえにしの糸で
操られてゐるかのやうに
マリは闇の奥にのがれていきはしない
人がマリをつき
その手をもう一つの見 ....
海に憧れるやうに
幼い頃から
パンに憧れてきた
男がある
憧れは
日に日にふくらみ
パンのかうばしさは
街筋を流れて止まず
憧れは夢に
夢は幻に
幻 ....
羽抜け鶏は
見かけほどにはこたへてをらず
日を直に浴びられるだけ
血潮に赫いて
田舎道を闊歩する
見よ
いつもは目を皿にして
獲物を追ふ狐が
{ルビ鶏冠=とさか}王の惨たらしい ....
ぎらつく夕日を受けて
入江の港を出ていく船がある
あの火玉のごとく直進するものは
いつたい
いづこへ
いづこの国へ
いや そんな単純明快なものではな ....
熟柿が落下して
地面をうろついてゐたカブト虫を
直撃した
貪欲に果実を食ひ破つて侵入してゐた
カブト虫が
果実の方から見舞はれて
すつぽり中に吸ひ取られたのは初めてだ
....
いつもの散歩のコースを延ばして
枯野に入つていくと
遠出の猫に出合つた
こちらも私と同じく
猫族を逃れてきてゐるのか
それとも人界を逃れてなのか
しばらく様子を見ることにする
いくら ....
港
港には
船ばかりか
多くの鳥が
入港してゐる
夏蝶
夏蝶は
すーと
日の果てへ
吸ひ取られていつた
....
唄声
曙光が
窓ガラスを割つて
侵入した
籠の鳥が
砕け散つたガラスを
呑込む
ガラスは
小鳥の胃の中で
金平糖になつて溶けていき
それからといふもの
....
花の枝
夕景の中
もの思ひに沈んで
俯き歩いて来ると
花の枝が
通せん坊した
朝出掛けるときは
なかつた
―花の枝―
それが夕方
出現してゐる
天使 ....
旅先で母親に背負われた赤子から
青梅を貰ってきた
長く握々されて熱くなった梅なんか
欲しくはなかったけれど
どうしてもやるというので貰ってきた
いらなくなったからじゃない
奴らは一番好 ....
山里深く
美しい女が独り
淋しく庵を結んでいるとの噂を聞きつけ
伊達男や
誇り高い益荒男どもが
我こそはと
鼻孔をうごめかせつつ尋ねて行ったが
その度に女は
こんなときを ....
巌に一列に並んで
暮れなずむ彼方に見入つてゐる鵜よ
さうしてゐれば
見えなくなつていくものが
現れてくるとでもいふやうに
水平線を見据える鵜よ
こんなにもひしひしと迫り ....
僕の中には
ゆかしい枯野が広がっていて
いつも日が当たり
おいでおいでをしている
そこには死んだ母や姉がいて
昔飼っていた猫やアヒルもいて
みんな愉しそうに輪を作って踊ったり
....
―もう少し生きてみるか―
駅の改札を出てきて
ふと洩らした中年男のことば
連れがいるわけではない
一人で改札を出てきて
ふと洩らした独り言
僕は電車に乗ろうとして
改札に向っ ....
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