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「御隠居様!若い方がお二人、お迎えでお見えになっておられますっ。」
おりんが厨で、上部にある女中部屋へ呼びかける
すると 床へ梯子が降りてきて
「おや、もうそんな時間でしたかな。分か ....
その日 近江屋の縁側で鳴っていた
庭師の枝切り鋏は申の刻に止んだ
お使いの出先から六ツ半にかえった清吉は
一人遅い夕食を済ませると 土間へ降りてきて
大きな身体を二つに折り おり ....
夕映の 風にそよぐ
お堀端の柳の枝は青々として
「今夜も、蒸すのかね…。」
低く重なった綿雲を見る
蔦吉の 下駄の鼻緒は切れていた
「仕方ないね。」
下駄を脱ぐ右足
....
「茶トラ猫、あの日以来…来ないわねぇ。」
近江屋、厨の上部の隅
かけてあった梯子を床から上げる おゆうは独りごちる
そして 三畳の間に敷かれる煎餅布団に座って
脇に置かれた小 ....
「何だ、これは。」
トラの左肩を掴むハチの目にチラッと
ずれた小袖の襟元から 見えた刺青
肩から ずりッと引き下げて
「桜吹雪の刺青とは洒落てるじゃないか。やっぱり遊び人か。」 ....
空に 冴える下弦の月
雑穀問屋の屋敷の裏庭
縁側の沓脱石の傍で
浅い眠りにつく ハチ
ふと 嗅ぎなれない匂い
目を覚まし 見廻すと縁の下に
小さく動く影一つ
「誰 ....
空に冴える下弦の月
ポツン と川ぼり佇めば
水面にこぼれる 舟宿灯り
さっき 別れてきたばかりの
タマの泣き顔
浮かんで揺らぎ
男泣きする トラ
ガラリッ
....
「近頃、米や油が大変高くなって皆困っているよのお…。」
「まこと、この物価高で。俺達よりイワシの方が健康状態良いのでは
ないかな。」
あぐらをかく膝に丸くなっているイワシへ
....
下弦の月が冴え
よく冷える晩のこと
「おい、炬燵とは豪勢じゃないか!」
浪人が、長屋の玄関の戸を開けて
迎え入れた友だちは羨ましそうに言う
煮炊きする へっついの傍
....
「あら、この通りじゃ見かけない顔ですね。」
近江屋の厨の隅
水桶や たらいが置かれる陰にしゃがむ
おきぬの頭上から覗きこむ おゆう
「そうだよね。今晩の連れは、ちょいと痩せ ....
雑穀問屋の土塀の瓦に寄り添う
何やら神妙な顔つきの
ふたり
「あんたって、かわいそうなのね…。」
目尻がスッと伸びて色気のある
白猫 タマ
「そうでもないさ。君に ....
「俺は三両の、ねこだ。」
河原の橋の下
腹空かせてぶっ倒れている
トラは 小声で
それを自分に言うとのっそり
起き上がる
「また、その話か。耳にタコだぜ。」
側で ....
「どう、あんたも。旦那様が飲んだ出涸らしで、お茶入れてきたわよ。」
女中部屋の粗末な座卓に
不似合いな 黒砂糖饅頭が五つも
「どうしたの?コレっ。」
目を丸くする 飯炊きおりんへ ....
河原の橋の下で
目を廻してぶっ倒れている
トラ
「どうしたんだ!お前。気分悪いのか?」
そばへ寄って来る
ホームレス仲間たち
「そういえば、ここ数日…奥さん見掛けんな ....
ある日
河原の橋の下
まだ うす暗いうちに
藁蓆で作った擦り切れた叺を寝床にして
潜り込んで居るトラが
目を覚ますと
「うわっ、大変な雪だ!」
彼の脇腹に頭を埋 ....
その人の
ぶ厚い唇から飛び出した一言は
熱っぽかった
「あなた、でしたかっ!」
(は?…。)
パリッとしたスーツ姿で
母の仏前に座る中年男性とは
全くの初対面
....
地下駅へ降りる階段
吹き上がって来た風で、
乱れた前髪なおそうともせず
いらだたしく
けだるい晩春の気圧に
襲われる
かつて愛した男
今でも その腕に抱きしめてほ ....
熱いゆげをわけて
ちりれんげですくって
ふう ふう 吹いて食べるのです
舌の上にのせた豆腐が
かすかに香って崩れる時
ふと時間は逆戻り
勤め帰りのスーパーで
....
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