消しゴムを食べていると
母が気を利かせて
夏みかんのジャムを持ってきてくれた
消しゴムなど食べられるはずもないから
いらない、と断ると
代わりにコーヒーを入れてくれた
....
眠りすぎたアルマジロが
夜、買い物に出かける
満月には人のロケットが
数本突き刺さって
何かをお祝いしている
店は既に閉まっているので
丸まって待つ
冷蔵庫の中のように寒いけれど
....
魚屋の片隅にあった目薬を買う
お店の人と角膜や水晶体等について
少しだけ話した
すぐ側で魚介類はそれぞれに
幸せそうな形で整然と並んでいた
それから帰りの駅ではお腹が痛くて
膝 ....
鉄鉱石の中にある海を
小魚が泳いでいく
夜の明けない方に向かって
今日は海が重すぎるから
いつまでたっても
カモメは空を飛べない
そしてわたしは
シャボン玉の作り方を
....
ピキは犬ではないのかもしれない
犬だと思ってドッグフードまであげていたのに
買ってきた犬図鑑に載っているどの犬とも
その形状は一致しない
図鑑の犬はすべて四本足なのに
ピキは六本 ....
亀のレストランに入った
亀たちが食事を楽しんでいた
メニューにあった
「亀肉のソテー○○○風」
(○○○が何であったかは失念)
を注文した
料理名の下には
不慮の事故で死んだ ....
掌に雨が降る
小さな水溜りができて
魚たちが泳ぎ始める
両方の手で精一杯の
くぼみをつくる
それでも水や魚は
溢れ出してしまう
途方に暮れているうちに
いつしか雨は ....
会社の電話が鳴る
受話器を取ると
雨音だけが聞こえる
すぐに父親からだとわかる
何の前触れもなく
そして何も話さないから
電話の時は昔からそう
ずっとそう
受話器から漏 ....
隙間なく敷き詰められた
ピアノたち
風が吹くと波状になる
泡として消えていく
音という音
装丁された楽譜は
わたしたちの情けない嘘
落葉と同じ速度で動く
メトロノームの側か ....
メニューに自分の名前があった
注文すると
同姓同名の別人が出てきた
別人はテーブルに金属製の皿を載せ
上手にその上に座った
目の中を大小の生物が泳ぎ
両耳から波音が漏れてく ....
コスモス畑の真ん中に
宝くじ売場ができた
カンガルーたちが並んで
順番待ちをしていた
くじを受け取ると
珍しそうに数字を眺めて
皆、帰って行った
大空を飛ぶことなど
すっか ....
青い空でした
どこまでも澄んでいました
こちらの方が戸惑うくらいに
名前がありませんでした
形がありませんでした
ありがとう、も
言うことができませんでした
ごめんなさい、と ....
すべての子どもたちが夢や
夢とは違うものを見ている頃
誰もいない教室では
白墨が生徒の名前を
一人一人板書している
名前の下に記されているのは
その生徒にあった今日の出来事 ....
友だちの家に遊びに行った
門のところで、久しぶり、と挨拶されたので
久しぶり、と答えた
もてなしてくれるのだろうか
和室に案内されて
お茶とお大福を振舞ってくれた
正直な話、あ ....
バスが山道のカーブを曲がりきれずに
ガードレールと
摂食した
バスとガードレールが何を食べているのか
ここからはよく見えなかった
ただ黙々と摂食を続けていた
いっしょにバス ....
病院の待合室で
ヒマワリたちがソファーに並んで
自分の名前が呼ばれるのを待っている
けれどヒマワリたちには
個別の名前が無いので
何時まで経っても呼ばれはしない
ヒマワリは次々 ....
歯磨きが終わり
コップを手に取ると
何かのゼリーのような感触がして
指が中へと沈んでいく
そして右手は
コップそのものになってしまう
これから歯ブラシは
左手で持たなければいけない ....
木に実っていた最後の世界が
その重さに耐え切れず
落ちる
あっ、という誰かの叫びは
空気を震わせることなく
そのまま大気中へと浸透していく
店頭に並んでいた時計の化石を
少年 ....
国道のアスファルトを
食べている様子が映像として流れる
「今朝のカバ」のコーナー
テレビの表面はいつも
山奥にある沼のように寂しいので
スイッチを入れれば
色とりどり ....
人が地下道の階段を下りて行く
地下道の中には
何も無いけれど
ただ、向こう側に行きたい
というだけで
地下道へと下りて行く
やがて階段を上り
再び地上に出たとしても
同じ空 ....
計算ドリルをしていると
首筋に夜明けがやってくる
近くに声の病院があるので
あたり一面、ささやきや独り言が
しん、としている
隣の人が自転車に乗って
仕事場へと向かう様子が見え ....
逆立ちをしているゾウの足に
流れ星が刺さった
昼間の明るさで
誰にも見えなかった
ゾウは少し足が痛い気がしたけれど
逆立ちをやめてしまうと
子どもたちががっかりするので
我慢してその姿勢 ....
ハエが世界を一周した
けれどとても小さかったので
誰も気づかなかった
ハエは自分の冒険を書き綴った
ジャングルの中で極彩色の鳥の
くちばしから逃げ回った日々を
港のコンテナ ....
色鉛筆のケースの中で
弟が眠っている
一番落ち着ける場所らしい
父と母はテレビを見て
時々、笑ったり泣いたりを
繰り返している
ケースから出された色鉛筆で
僕は絵に色を塗る
....
見たことのない言葉で
あなたと話す
関係のある足音と
関係のない足音の狭間で
時々、古い橋の匂いがする
目を凝らすと橋の形はあるのに
渡る人々のため息が聞こえてこない
....
ほの暗い飲食店で
たった一人食パンを食べている
六枚切り位の厚さだろうか
食べ終わると給仕が来て
新しい食パンを置いていく
本当はご飯の方が好きなのに
運ばれてくるパンばかりを ....
理髪店に備え付けられた
平方根の中で眠る犬
その耳に形のようなものがある
店主はただ黙々と
軟水で精製されたハサミを用いて
僕の髪を切り分けていく
その間、僕は不慣れな手つき ....
水道水にかぶれた皮膚のあたりを掻く
描いていたのかもしれない
赤く、ぽつぽつと、
夕日の質感に似せて
滑車に吊るされている重量のないもの
贅沢は言わない
ほんの少しでも重みがあれば
....
バッタの匂い、そして夕暮れ
船籍を持たない貨物船が
狭小な港に停泊している
たくさんの名前を積んで
名前に奪われた名前がある
名前を奪った名前がある
誰も知らないところでひ ....
パンを一口かじる
柔らかくて美味しいので
生きた心地がしない
少年が救急車の真似をして
変電所の方へと走っていく
その距離と速度の先に
助けなければならない人がいるのだ
....
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