産まれた国は戦争していた
父は軍人にしようと思ったかどうか
まるまるとした数え三歳のぼく
金モールの軍服姿
腰にサーベル 右手に千歳飴
ギラギラと輝いた眼が
見ていた未来は何色だった ....
空の表面をアメンボウが滑る
水に沈んだ入道雲
に抱かれて
ぼくの顔がこちらを見ている
顔の中を
ハヤの群れが通り過ぎる
ああ
少女のような河童が
ぼくの顔に顔を寄せ
....
―歩いていたのは七〇年前―
前方は霧に閉ざされて
先導する人は見えない
が 上空に山の頂が透け
笛の音は聞こえる
山の頂き
そは 蜃気楼か 実象か
先導する者は知っていると ....
あなたを焼く炎は
煙さえ立てることなく
空に消えて
後には
黒枠の中で
ほほえむあなただけが
残っている
空に
光りの砂
さざめき
大地に広がる
夏草の波
....
ここは都会の海の底
コーヒーを待ちながら眺める窓の外
都会の空から夜が消えても
海の底には闇が淀んで
淀んだ淵の岩間から覗けば
摩天楼のような海藻が
ゆらゆら揺らぎ
海の底に ....
熱帯夜に
惑わされて腐乱した睡眠から
止め処なく垂れ流れるゲルは
黒い卵を内包していた
寝息が言葉に染まって
過去の幻像を描くとき
醗酵したゲルは悪臭を放って
野を枯らし 街 ....
パパあれみて
ジャンボがあるいているよ
ねえねえ みてみて
けむりがおててつないででているよ
ようやくことばが使えるようになった息子ははしゃぐ
何時か
ジャンボが滑走路に ....
家を背負っているのではない
としても
先祖代々の戒名が殻に閉じ込められ
捨てることなど出来無い重み
ああ
家を捨てたナメクジよ
お前は…
人間といったところで
革袋に詰め込まれ
骨に抱えられた
一本の管
ちょっとした異性の情けに
心が前を向き
元気になって意気上がり
意気上がり
浮かれ心の有頂天
天に昇れば
あとは 落下
後ろを見ては 沈む心
取り巻く人の
心を上目遣いに覗き込み ....
中学生になってはじめて学校へ行った日
いくつかの坂道を登り下りし
いくつかの集落を抜けてたどり着く
坂道は辛かったが
ところどころに桜が花をつけていて
気分は悪くなかった
集落は ....
風呂をたてると近所の家族が集まっていた頃のこと
風呂水運びはぼくの仕事だった
三十メートルほど離れた小川から
両手に水の入ったバケツを提げ運ぶ
萎えそうになる気持ちを
腕の力を鍛え野球選手に ....
疲れた顔で見舞いに来ないでほしい
わたしの看護のために
あなたを育てたのでは無い
あなたはあなたの生き方で
社会の仕事を果たさねばならない
それがあなたの人生
わたしの看護が加 ....
まだ若い老人であったころ
同僚と紅葉の山麓へドライブ旅行にでかけた
秋空のもと 静かな集落を抜けるとき
前方遙かに 背をかがめた人が横切るのを見た
同僚はスピードをやや落として言う
「老人は ....
祭り太鼓の音があちこちの集落から
田面に流れ出すと
こどもたちたちは宿題も魚取りもすっかり忘れて
祭半纏をはおって祭宿に駆けつけ
出迎える獅子頭を連れ出して
集落内を練り歩く
ぼく ....
盤面に行儀良く並んだ歩兵
敵の攻撃を真っ先に受け将を守る
時には味方にも無視され
時には邪魔もの扱いされる歩兵
敵陣深く突入して将となるも
あっさり討ち死に
そして 次には
味方だった将 ....
ビルが朝陽にかじられて
吐き出された陽光は窓をすり抜け
昨夜の恥部を暴き出す
人々は慌ててカーテンを閉じ
ベッドを隠し
朝を始める
わたしと来たら
病室のカーテンを開け放ち
....
夕焼け小焼けは ビルの先
から降りて来ない都会
谷間でうごめく人々は
電飾を着飾っていて
日暮れがない
○○山の△△寺(でら)はビルに飲み込まれ
夕暮れの梵鐘は口を閉じて
頭の中で鳴 ....
玩具売り場の前から幼児の泣き声が
人の溢れた地下街広場に響いて
若い夫婦の困惑が子供を叱る
幼児と親と対立する主張は
地下街の雑踏を立ち止まらせ
黙らせる
己の主張が通らない ....
あんた お笑い芸人やて
名門大学出のあんたが
なんでアホなことやってんのや
わたしら
笑われてなんぼやさかいな
ほな
笑われ芸人ていうのんが正しいちゃうか
なんで訂正せえへんの ....
庭に遊び場があったころ
雨の後には水たまりが出来
蒼空を写していた
青空には雲が流れ
雲の中にぼくの顔があった
けれども
水たまりが有ると
ハンドテニスや長縄跳びが出来ない
早 ....
桜の花に誘われて散歩するわたしの行く手の
立ち枯れた葦の叢から飛びだした番い
ギャッと鳴いて 慌てふためき 灌木の陰に潜る雉子
間違えはしない
登校した私を小学校の玄関で
毎朝迎えて ....
こたつと蜜柑の季節が終わって
それでも フッと食べたくなる蜜柑
蜜柑産地のJAで赤い網袋に入って
300円の値札を付けて並んでいる
{ルビ寒=かん}の間{ルビ室=むろ}に貯蔵されていたものだ
....
その男は
幾つも電球を並べた灯りの下で
ぼくの胸を切り開き不機嫌な心臓を取り出した
心臓の中に豚を入れ調子よく動かそうというのだ
更に男は心臓のあった空洞を覗き込み
ぼくさえ知らない潜み物 ....
モシモシ オカアサン
ワタシ・・・・
長い待っていたひと言
鬱々の闇は晴れる
営々と続いた生命の
未来に続く扉は開いて
愛の儀式に黄金の光が溢れ
モシモシ カアサン
オ ....
町の
流れから
取り残されたものたちが
風に
捨てられたものたちが
身を寄せ合って
淀んだビルの谷間
愚痴は
爆ぜる気力さえ
失って
飲み込まれていく
夕焼けがビルの窓から覗く頃
わたしの時間が始まる
昼間着ていたスーツを脱ぎ捨て
わたしを取り出して
カフェの片隅に
あるいは
居酒屋の椅子に乗せる
女は二人目の子どもを男の手に渡すと
彼岸に渡った子を追ってすーっと消えた
こちらに残した子は
父も祖父母も伯母もいて
大勢の大人に囲まれて
春も夏も秋もあって
冬も暖かい部屋
十分な食 ....
空き瓶収集所まで行く途中に
今年始めてみたカエルは仰向け
四肢を広げて道の真ん中に一匹
こちらの路肩とあちらの路肩にも一匹と
まだ冬の残る雨に濡れている
暖かい日が二・三日続いて
冬 ....
サラリーマンが命を担保に金を借り
建てた家々の集落
書割のような中流階級
文化を支えたピアノ
音の断片が集落の中を
誇らしげに 恥ずかしげに
歩いていたのは何時のころだったか
口 ....
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